平成二十二年一月十八日(月)、前日京都で同窓会があって泊まったので、京街道を行けるところまで行こうと
思った。 とはいっても、前夜はしこたまお酒を飲んだのでどうなることやら？ 京阪四条祇園駅から中書島駅へ行き、そこから歩き始めた。 江戸時代の伏見宿のはずれは三栖神社あたり だろうか。 歩いて行くと、道の左側に三栖神社の鳥居があった （右写真）
鳥居の前にある石柱には、祭神 天武天皇とあるが、神社には、 「 大海人皇子、後の
天武天皇が近江朝廷との決戦に際して、三栖の村人が、かがり火を焚いて夜道を照らした。 」 と
いう言い伝えが残るようである。 境内に入っていったが、駐車場になっているのか、あちらこちらに車が
停まっていて、社殿はそれ程古くないように思えた。 街道に戻り、宇治川に注ぐ濠川に架かる肥後橋を渡る （右写真）
橋を渡るとすぐ左折して、川に沿って歩いて行く。 今朝は大変寒いこともあり、道端の草には
霜が降り、朝日できらきら光っている。 また、濠川の水面の三分の一が凍っていた。
道の右側には民家が連なっていたが、
何軒かの家の軒先に祠が祀られているところを見ると、昔からの住人が多いのではないか、と思った。 川に視点
を移すと、道の左側に石段があったので、降りていくと川の両脇は公園になっていた （右写真）屋根付きの休憩施設は、伏見港から浪速へ下った三十石船を、また、時計塔は川灯台を イメージしたもののような気がした。 濠川に橋が架かっていたので、対岸に行ってみると、
祝平成６年伏見港開港４００年記念と書かれた看板が金網にかかっていて、その奥に復元された船が繋がれていたが、
熱気が冷めたのか、放置されたようになっていた （右写真）近くにある宇治川派流一級河川伏見港というイラストには、江戸時代の中書島は離れ小島で遊所があったことや 京橋の近くには寺田屋のような船宿が多くあったことが描かれていた。 江戸時代には、伏見港から三十石船、 過書船、伏見船などで、淀川を下る旅人が多かったのである。 また、明治に入ると、蒸気船が運行されたとある。 この先にあるテニスコートや
室内体育館も、伏見港跡とあったので、当時の伏見港は大きなものだったと思えた。
駐車場の一角にある大きな木の下に史跡織田信長公塚石(墓石)の案内板があった （右写真）それによると、 「 豊臣秀吉が伏見城を居城としていたころ、主君追慕のため設けられた墓石とあった。 当時はこのあたりは墓地で、その北側が伏見港だった。 」 とあった。 これで旧伏見港の見学は終了し、 淀宿に向かって歩き始める。 伏見宿から淀宿までは一里十四町
(5.4ｋｍ)の距離である。
街道に戻り、濠川沿いの道を進み、京阪電車を横断し、堤防道を進み、高架道路のガードをくぐって行くと、
国土交通省淀川河川事務所伏見出張所の敷地に遮られてしまうので、手前左側の濠川に沿ってある歩道に
入り、宇治川に向かって歩くと、三栖閘門があった （右写真）三栖閘門は、昭和四年(1929)、宇治川の改修を行った際に、伏見港と宇治川を結ぶ施設として造られた。 三栖閘門の二つのゲートで閘室内の水位を調節して、水位の違う濠川と宇治
川を連結させて、船を通す施設で、昔は、たくさんの船がこの閘門を通って、伏見と大阪の間を行き来
していた、とある。 現在は産業遺産として保存され、近くに資料館もある。
その先で道は突き当たるので、三叉路を右折して進むと、河川事務所の裏側で右からの舗装道に出るので、
左折して、堤防道を左に宇治川を見ながら歩く （右写真）道は右にカーブしながら、Uタウンするように進むと、左側に宇治川に注ぐ新高瀬川が現れた。
川に沿って数十メートル上流へ向かうと、左側に鉄製の小さな橋が見えてきた （右写真）高瀬川は慶長十六年(1611)に、門倉了以が京都の中心部と伏見を結ぶために資材運搬用に開削した 運河で、大正九年(1920)までの約三百年間、京都と伏見の間の水運として利用された。 川底が 浅いため、底が平らな箱型運搬船を使用したが、この舟を高瀬船と呼んだので、川の名は高瀬川となった。 高瀬川はその後の改修などにより、鴨川を挟んで京都側と伏見側
で分断され、上流側が高瀬川、下流側を東高瀬川、新高瀬川と呼ばれている。
川に架かる小さな橋を渡り、対岸の堤防道を左折して、新高瀬川の下流に向かう。 堤防道は府道
１２４号線になっていて、車の通行があるのだが、狭いので怖い。 その先、右にカーブする
ところにあるのが、阪神高速道路京都線(第二京阪道)の京都南大橋である （右写真）その手前右側の堤防の下には、京都大学防災研究所があった。 京都南大橋の下をくぐる
と、右手には京阪本線の電車が走っている。 電車を見ながら歩いていくと、左手に京阪国道(1号線)の
宇治川大橋が見えてくる （右写真）川の岸では護岸工事が行われていたが、宇治川大橋の北詰にある交差点までくると、京阪国道を横断する 歩道がない。 車も左折だけの一方通行で、この交差点を横断してその先にある道には入れない。 右折したところにあった階段を下り、下の道に出て陸橋の反対側に出た。
下の道の左側には京阪電車の線路があり、そちらから上る道を探したがなかった。 仕方がないので、
京阪国道の側道を京都方面へ歩きながら、国道に出る道を探すが見つからない。 二百メートル位歩き、
国道が下の道と交差するところで、国道に入ることができた （右写真）油揚げや豆腐を造る京禅庵の工場のところだったが、その他に方法があったのだろうか？ この後、 京阪国道の歩道を大阪方面に歩いて先程の交差点まで戻り、やっと堤防道の反対側
に出られた。 こちらの府道は二車線で、歩道も併設されているので、安心して歩けた。
道の左側の宇治川は穏やかな表情で、整然と流れていたが、江戸時代以前は琵琶湖を源流とする
宇治川は、この東方の巨椋池（おぐらいけ）に流れ込んでいた、という （右写真-宇治川）当時の巨椋池は、周囲十六キロという巨大なもので、遊水地を形成していて、河運には良かったが、陸路 としては問題があった。 豊臣秀吉は、伏見城の築城をすすめたが、それと平行して大規模な河川改修を行い、 伏見から納所にかけて、宇治川の右岸に淀堤又は文禄堤と
呼ばれる堤防を築いて、宇治川の流れを固定したが、この堤の上の道が伏見と淀城を結ぶ道として、小生が歩いて
いる京街道の一部となったのである。 秀吉は、その他、小倉堤の築造と豊後橋(現観月橋)の架橋、
槇島堤(宇治堤)の築造を行い、宇治川の水が巨椋池へ直接入ることをやめさせた。 道の右下には京阪電車が
頻繁に通っていく （右写真）巨椋池は、その後、干拓事業が続けられて、昭和四十年頃には姿を消した。 京都競馬場の
真ん中にある小さな池が唯一残った巨椋池の孫かひ孫にあたるはずと聞いた。 京阪国道から府道に入って千二百b程進むと三叉路で、左は川に沿ったほそい道。 右にカーブするのが府道で、 その先に京阪電車の踏切が見える （右写真）
この後、踏切を横断して、その先の三叉路を左折して、京阪本線沿いに進んでいく。 旧京街道はここで宇治川から離れていくが、この道が昔の文禄堤の跡のはずで、その後の干拓工事で宇治川の流れが 変えられたということだろうと思った。
淀 宿
右側には住宅街が続いているが、江戸時代の淀宿に既に入っているのだろう （右写真）淀宿は、淀城の城下町であり、伏見宿からわずか一里十四町というの近いところにあった。 豊臣秀吉が 築城して淀君を住まわせた淀城は、伏見城造営の際に取り壊されたが、徳川幕府の誕生により伏見城の廃城と平行して、 桂川、宇治川、木津川が合流する三角州に新しい淀城が築かれたのである。 淀宿は新しい城内にある三つの町と 淀小橋でつながった城外の
三町で形成されていた。 このあたりは城外の町だったはずで、そのまま歩くと、左手前方に京都競馬場が
見えてきて、競馬場への横断橋があるところにくると、右側に慶応四年正月 史蹟戊辰役東軍西軍
激戦之址の白柱と戦死者慰霊石碑があり、花が供えられていた （右写真）「 戊辰戦争の発端となった鳥羽伏見の戦は、数の上では勝っていた幕府軍が錦の御旗の前に多数の 死傷者を出して淀まで敗退し、この辺一帯で最後の激戦が行われ、新撰組も先頭にたって戦い多くの戦死者を 出した。
敗退した幕府軍は、幕府側の淀城に入ろうとしたが、淀藩(藩主稲葉正邦)は寝返り、幕府軍に門を
閉ざして開けなかったので、仕方なく橋本まで後退し、以降幕府軍の弱体化と敗北へと傾いていった。 」 左手に京都競馬場の建物と時計塔がある。 時計は９時１５分を指していた （右写真）
今のところ順調な旅である。 ここを過ぎると、京街道は競馬場や京阪電車と離れていく。 この道は反対側からの 一方通行になっていた。 少し歩くと、道はカーブし、右側にある民家は
車道と離れて、坂の上に続く歩道にある。 道を間違えたかと思いながら歩いていくと、下り坂になった。 元和五年
に淀宿が設置された後、元和九年に伏見藩に代わり、淀藩ができ、同年に淀宿ができたとある。 淀城に入る淀小橋は
このあたりにあったのではと探すと、道の右側の交差点の手前に淀小橋旧址と書かれた石碑が建っていた （右写真）淀小橋は、淀城と城外をつなぐ橋であったが、幕府軍が撤退するとき、薩長連合軍が追撃
できないように焼き落としてしまった、という。 京街道は、ここから南に向かって、鉤型になり、その先の道に
出ていたが、今はその道はないので、直進すると、変則六差路の納所(のうそ)交差点に出る。
淀は水陸交通の要衝として、問屋場、伝馬所が設けられ、五百隻もの淀船の母港であった。 納所の地名は、淀川を
行き来する船の港として物産を納める倉庫が連なっていたことからきているといわれる。 ここは左折して、
東南東へ進む道に入ると、前方の先に
京阪電車の踏切が見えるが、踏切までは行かずに道の右側にあるモスグリーンの建物の脇に、 淀本町 商店街と
書かれてポールのあるところに入っていった （右写真）淀宿には本陣、脇本陣はなく、旅籠が十六軒の宿場だったようである。 淀本町とあるので、このあたりが中心 だったのではないか？ どうやら、淀では唯一の商店街のようである。 一軒の店に入り、草餅と苺大福を一つ づつ購入し、行儀は悪いが食べながら歩いた。 草餅はまあまあだった
が、苺大福には大きな苺が入っていて、 その酸味と求肥の食感と甘みがバランスよく、旨かった。
そのまま歩くと三叉路で、京街道は踏切を渡っていく。 右手奥には京阪電車の淀駅がある。
(注）訪問当時は地面に電車が走っていたが、平成三十年(2018)に再訪すると、
立体交差の工事の結果、電車は高架になり、駅前もロータリー化されていた。 京街道(大坂街道)は左折して行くが、「唐人雁木旧跡」「淀小橋旧址 淀西 南大阪 」 「淀城故址」の道標が建っている(右写真）
また、「朝鮮通信使ゆかりの地」という案内板には
「 江戸時代朝鮮国から派遣されてきた外交使節団は主に朝鮮通信使と呼ばれる。 その目的は
徳川幕府の招請に応えて朝鮮国王の国書を江戸の将軍に手渡すことであった。
総勢約五百名からなる一行のうち、船団関係を除く約四百名は大阪から淀川をこの淀まで幕府が手配した川御座船と呼ばれる
豪華船で逆上ってきた。
そして、ここから京都に入り、琵琶湖湖畔の朝鮮人街道を経て、東海道を一路江戸に向った。
ここでは一行の使臣や随員の轎、輿、荷駄、そして護衛の対馬藩主一行などのための乗り物が用意され、
運送用におびただしい人馬が動員された。
一行の上陸地点には雁木と呼ばれる特設の桟橋が設けられた。 その長さは３６間(約６４．８メートル）、巾７間(約１２．６メートル）と山城淀下津町記録にある。 なお、唐人とはアジア系の
人々を指す当時の用語で、この場合は朝鮮通信使一行を指す。
１６０７(慶長１２)年から１７６４(宝暦１４)年までの間に１１回、
この唐人雁木が上陸又は帰路の乗船用に利用された。
当時と今では川筋が変わっており、実際にあったのはここより約２００ｍ北方の地点である。 」 とある。 「淀城故址」の道標の右手に 式内興杼(よど)神社の標柱と鳥居がある （右写真）
「 興杼神社は、豊玉姫命、高皇産霊神、速秋津姫命を祀る。 古くは淀姫社又は水垂社とも
呼ばれた。 社伝によれば、応和年間(961-964)僧の千観内供が肥前国河上村の興止日女大神
(よどひめおおかみ)を勧請したことに始まると伝えられる。 当初は水垂町に祀られていたが、明治三十三年、
桂川改修工事のため、ここに移された。 」 と、神社の由来にあった。 慶長十二年(1627)に建立された拝殿は、国の重要文化財に指定されている （右写真）
その隣にある稲葉神社は、稲葉正成（いなば まさなり）を祭神とする神社である。 稲葉正成は、
戦国時代から江戸初期にかけての武将で、美濃の稲葉重通の婿となったが、妻に先立たれた後、結婚したのが重通の姪である福(後の春日局)である。 秀吉、小早川秀秋、徳川家康に仕えた。 家康に仕えたからは美濃国十七条藩主、越後国糸魚川藩主、下野国真岡藩初代藩主となったが、 その末裔の稲葉正知が享保八年(1723)に佐倉藩から淀藩に移封され、その後、稲葉家が明治まで淀藩主を務めたことから、 この神社が誕生したのだろう （右写真）
稲葉神社の先には、城の石垣があり、その前に、淀城の案内板が建っていて、「 二代将軍徳川秀忠の元和五年(1619)の伏見城廃城に伴い、桂川、宇治川、木津川の三川が合流する 水陸の要所の淀の地に松平越中守守綱に命じて築城させた城で、元和九年(1623)に着工、寛永二年(1625)に 竣工した。 翌寛永三年、秀忠、家光父子が上洛の途次には、この城を宿所としている。 」 とあったが、 石段を上ると天守閣跡と思える石組があった （右写真）
淀城は、宝暦六年(1756)の雷火で炎上するまでは、白亜五層の天守閣があった。
また、周囲を二重、三重の
濠をめぐらせて、濠の中には城内に水を引くための水車があったが、江戸時代の
名所図会を見ると、その水車が描かれている。 淀川瀬水車旧趾の石碑はこの北側の濠の先にある府道１３号
線の道端にあった （右写真）この水車は城のの西南と北に取り付けられていて、直径が八メートルもあったといい、「 淀の川瀬の水車 誰を待つやらくるくると・・ 」 という歌で有名になった、とあった。
先程の淀駅の手前の三叉路まで戻る。 京阪の踏み切りを渡ると、右側に交番、左側にバス停があるが、そのまま
歩くと、府道１２５号線に出るので、ここを右折して、住宅街の狭い道を歩く。
このあたりは淀下津町で、左側には古い家が三軒続いていた （右写真）道なりに進むと、つくだ病院の先で、道が二つに分かれるので、右へカーブする道を進むと、コンビニの ローソンがある。 ローソンに寄り、買い物をして先に進むと、左手に浄土真宗
本願寺派の文相寺があった。 その先の左側の家には、運輸省免許 競走馬輸送竹内運送株式
会社の大きな看板があった。 高層道路で競走馬を運んでいるトラックを見るが、輸送をするのに
特殊の免許がいるのだろう。 また、天満宮もあった。 さらに歩くと橋の上に淀新町のバス停があるところへ出た （右写真）
この先の三叉路を越えると、府道１５号の信号交差点で、左方に宇治川に架かる淀大橋があるのだが、 江戸時代の淀大橋とは場所が違う。
江戸時代の淀大橋はどこにあったか？ この舗装された橋の下にはコンクリートで縁取られた川が見えたが、
この川の施設は淀緑地という名称がついている。 この細くなった川が、江戸時代の淀大橋と関係があるのでは
ないだろうか？ （右写真）江戸時代の宇治川は京都競馬場の北側を通り、淀城の北の納所のあたりで、桂川に合流していた。 また、 木津川は淀宿の南を通り、淀城の西側で桂川と合流しており、今とはまったく違う地形だったようである。 江戸時代の名所図会には新町と美豆との間に橋が見える。 府道１５号の信号交差点付近の地名は久御山町大橋辺。 交差点を越えた左側は八幡市八幡長町
で、右側は伏見区淀美豆町である。 川の対岸の久御山町や八幡市の飛び地があることが、
江戸時代にここに木津川が流れていたことの証拠ではないだろうか？ これで淀宿は終わる。