『 長崎の町をぶ〜らぶ〜ら 』


かうんたぁ。





◎ 崇福寺 ・ 思案橋 

出島から路面電車に乗り、 終点の崇福寺電停で降りると、  徒歩5分、坂の途中にあるのが、 崇福寺 (そうふくじ) がある。 

「 日本との取引は長崎に限定され、オランダと中国のみが輸出入できた。 
また、オランダ人との通訳には中国人があたったため、中国人が居留するようになった。 
崇福寺は、寛永六年(1609)、 長崎で貿易を行っていた福州建省の人々が、故郷から、 僧 ・ 超然を招いて、創建された、 黄檗宗の寺である。
中国様式の寺院としては、日本最古のものである。
多くの福建省出身者が帰依したので、 福州寺とも呼ばれる。   」

入口にある三門は、 寛文十三年(1673) の創建で、  現在の門は、嘉永二年(1849) に再建されたもので、 「竜宮門」とも呼ばれ、 国の重要文化財に指定されている。 

「  扁額に 「 即非禅寺 」 の文字がある第一峰門は、 国宝に指定されている。 
正保三年(1646)に、 何高材の寄進による大雄宝殿は、 長崎で現存する最古の建物で、  国宝に指定されている。 」

崇福寺電停前まで戻り、 坂を下って行くと、 道の脇には、明治に灯ったガス塔のことが至るところで、紹介されていた。 
坂を下った先が思案橋で、 遊郭があった時代に入るか思案したことから、 名が付いたとされる。 
一世を風靡した思案橋ブルースの誕生地で、 長崎の夜の社交場である。 

左側に入って行くと、 カステラの老舗 ・ 福砂屋がある。 
その先には 「寄合町」 の提灯があり、 左側には石造りの丸山交番がある。 
長崎のイメージを壊さない建物である。 

崇福寺三門
  老舗、福砂屋   丸山交番
崇福寺三門老舗、福砂屋丸山交番

◎ 丸山遊郭跡

その先の公園は、「丸山遊郭」 の跡である。 

説明板「肥前長崎丸山廓中之風景」
「 この絵は 江戸時代後期に 歌川貞秀によって 書かれた 花街丸山 の様子です。 
左下の門は 花街の入口にあたる二重門 (現在の丸山交番付近) で、
この門を抜けて いよいよ 丸山に入るわけです。  中央の一角は 現在の丸山公園で、 上の方には 妓楼花月楼(引田屋) の建物が描かれています。
右の通りは 寄合町通りで、 当時の丸山・寄合両町の隆盛をうかがい知ることができます。 
格子をのぞく大勢の登楼客の姿や、芸妓・行商人のほか、 酔っぱらいまでも描かれ、  さらには 唐人やオランダ人などの姿があるところから、   丸山は国際的な花街だったことが読み取れます。 」 

公園の中には、 坂本龍馬の銅像が建っている。 

「  公文菊せんによって描かれた、 坂本龍馬肖像画を基に、  折り目も真新しい袴で、 長崎丸山の風に吹かれながら、闊歩する姿を描いたものである。 
坂本龍馬は、 元和元年(1864)二月二十三日に初めて長崎に入り、  同四月四日まで勝海舟と滞在。 
慶応元年(1865)、長崎に亀山社中を結成。 同三年(1867)一月中旬、 長崎の料亭清風亭で、  土佐藩参政 ・ 後藤象二郎と会談、 その結果、龍馬の脱藩の罪は許され、  四月初旬、海援隊長に任命される。 
九月十八日、 芸州から借りた震天丸で長崎を出帆し、 これが長崎との最後の別れとなる。 」

肥前長崎 丸山廓中之風景
    坂本龍馬の銅像
肥前長崎丸山廓中之風景坂本龍馬の銅像

◎ めがね橋 ・ 中華街

思案橋からめがね橋までは電車で移動。 市民会電停で降り、徒歩7分。 
長崎といえば、必ず出てくる橋である。 

「  アーチと川面に映るその姿を合わせると、眼鏡に見えることから、名付けられた。 
興福寺の唐僧 ・ 黙子如定によって築造されたと、される。 
現存する日本最古のアーチ型石橋である。 」

めがね橋から電車に乗って、新地中華街で降りる。 

「  ここは日本三大中華街の一つで、 東西南北の入口に中華門が建ち、  通りには中華料理店が軒を連ねている。 
秋には満月燈籠、 冬の長崎ランタンフェステバルでは 赤いランタンが通りを照らし、  異国情緒ただよう街を彩ります。 
当日は、 夕食には少し早い時間だったこともあり、 人通りは少なかった。 」

長崎バスターミナルが近くにあり、 その奥の福建通りの奥が。唐人屋敷跡である。 
当日はその中の一軒に入り、皿うどんやちゃんぽんなどを食べた。 

めがね橋
  中華門   新地中華街
めがね橋中華門新地中華街

◎ 亀山社中 ・ 大浦天主堂

長崎市亀山社中記念館は、長崎街道の蛍茶屋と諏訪神社の間にある、 新大工町電停から坂を上ること、15分の距離にある。 
当日はレンタカーで行こうとしたが、道が狭く不安になり、途中で車を停めて歩いた。 
見晴らしのよいところにあった。 

「  亀山社中は、 坂本龍馬が中心となって組織された、 日本初の商社である。 
幕末の風雲児 ・ 坂本龍馬は、日本で最初にブーツを履いたといわれ、  亀山社中創設百三十周年記念事業の一環として、ブーツ像を制作したと、あった。 」

この後、大浦天主堂へ行った。

「  大浦天主堂は、 慶長二年(1597)に殉教した日本二十六聖人に捧げられた教会で、  元治元年(1864)末に竣工し、祝別されました。  日本に現存する最古の木造ゴジック教会で、  弾圧を経て潜伏中のキリシタンが信者であることを告白した 「信徒発見」 の舞台でもある。  」

亀山社中記念館
  ブーツ像   大浦天主堂
亀山社中記念館ブーツ像大浦天主堂




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