『 長崎の町をぶ〜らぶ〜ら (続き) 』


かうんたぁ。





◎ グラバー園 

長崎の旅の最後に、大浦にあるグラバー園に行く。 
前回訪れた時は、夜に稲佐山に上り、長崎港の夜景を見て、 昼間に浦上の平和公園を訪れ、平和の鐘や平和記念像を見たので、今回は行かなかった。 

長崎には、仕事を含め、何度も訪れているが、一番変ったのはグラバー園周辺である。 

「 六十年前、活水女学園となっていたところは、 活水女子大になっていた。 
その坂はオランダ坂で、 東山手甲十三番館は、カフェになっていた。 」

大浦天主堂の上に、エスカレーターがあり、「動く歩道」 と表示されている。 
それに乗って下りた右下に、 旧自由亭 がある。 

「 明治十一年(1889)に、 諏訪神社下に建てられた西洋料理店。 
当時は、この店に、内外の貴賓や地元高官など、社交の場として使われていた。 
店主の死後、 日本政府が購入し、 太平洋戦争後、 検察庁官舎として使用されていた。 」

更に、動く歩道に乗り、到着した先にあったのは、 旧三菱第二ドックハウス で、 その前には、池や樹木が植えられていた。 

「 ドックハウスとは、 船を修理している間、 乗組員が宿泊した施設で、 この建物は、 明治二十九年に建築された、典型的な西洋風建物で、 対岸に見える 三菱重工長崎造船所の第二ドックのすぐ側に、建てられました。 」

池の先の展望台の一角に、 高島和砲が置かれている。 

「  この大砲は、幕末の兵学者で、砲術家の高島秋帆の指導の元、 鉄砲鍛冶の野川清造により、造られたと、いわれるものである。 」

旧自由亭
  旧三菱第二ドックハウス   高島和砲
旧自由亭旧三菱第二ドックハウス高島和砲

旧長崎地方裁判所長官舎 (レトロ写真館) は、  明治十六年頃、 長崎市上町に建てられた長崎地方裁判所の長官舎である。 

「 居留地の外側に建てられた洋風の官庁建物としては、  長崎に唯一残る貴重な建物である。 
外側は洋風であるが、 内部は日本人の生活様式に合わせた造りになっている。 」

旧ウオ―カー住宅は、  イギリス人実業家 ・ ロバート ・ エール ・ ウォカー の次男が、暮らした邸宅である。

「  明治中期頃、 大浦天守堂のすぐ隣に、建てられました。 
木造平屋建ての建物には、イギリスの暖炉と煙突に、日本瓦と和風の庇が設けられている。
他にも、台所や和室があったが、 園内にはこの建物だけが移築され、  その他の建物は取り壊されてしまった。 」

旧リンガー住宅は、  慶応三年頃に建てられた、三方をベランダ囲まれたバンガロー風の建物である。

「 ベランダの床石には、ウラジオストクから運んだ御影石、  ベランダの屋根を支える角柱には、天草の石を使用、 木と石が調和した木骨石造りで、  国の重要文化財に指定されている。 
リンガーは、 ナガサキホテル (現在の旧香港上海銀行 横) という、 ホテルの開業を行っており、  現在住宅内では、当時ホテルで使用されていたカトラリ―を展示している。 」

旧長崎地方裁判所長官舎
  旧ウオ―カー住宅   旧リンガー住宅
旧長崎地方裁判所長官舎旧ウオ―カー住宅旧リンガー住宅

旧スチイル記念学校は、 明治二十年に、東山手9番に建てられた、 ミッション系の学校である。 

「 居留地時代に造られた典型的な木造洋風建築で、 三階は鐘楼になっており、 学校名は学校建設に基金を寄贈した、宣教師 W ・ ステイール の名前に由来している。 」

旧オルト住宅は、 国の重要文化財に指定されている。 

「 慶応三年(1965)頃に建てられた、石造りの洋館で、  大浦天主堂や旧グラバー邸を手掛けた、小山秀によるものである。 
天草の砂岩を基礎に使い、 ベランダにはタスカン様式の列柱が並ぶ。 
かって、 このベランダで、イギリス領事館のパーテイーが、開催されていた。 
この住宅は、 オルトが大阪に移住した後、 リンガー家が暮らしていた時期がある。 
現在、 室内には旧オルト家が暮らした遺品を展示している。 」

この下に、グラバー邸があるが、  歌劇蝶々夫人のある晴れた日は、 このあたりの風景をイメージして、  舞台風景が作られている。 
前回訪れた頃の三菱重工のドックは、客船を造るなど活況を呈していたが、 今の日本の造船業は縮小の一途で、三菱も例外ではない。 
そのせいか、港も曇っていた。 

旧スチイル記念学校
  旧オルト住宅   港を一望
旧スチイル記念学校旧オルト住宅港を一望

プッチーニ像と三浦環像が建っている。 

「 世界的に有名なオペラ 「マダムバタフライ」 は、 長崎が舞台になっており、 物語に登場する景色は、 まるで、旧グラバー邸から望む景色を思わせる描写である。 
戦後、 旧グラバー住宅で生活した進駐軍の大佐夫人は、  住宅から見えた景色と物語の場面がよく似ていたことから、 「 マダム ・ バタフライ ・ ハウス 」 という、愛称を付けました。 
グラバー邸の上には、 オペラ 「マダムバタフライ」 の プリマドンナ として有名になった、三浦環と、作曲家の プッチーニ の石像が建てられている。 
旧グラバー邸は、国の重要文化財と、明治日本の産業革命遺産 に、指定されている。 
当日は耐震化、保存工事で見ることはできなかったが、  文久三年に、建築された木造洋風建築である。 」

長崎伝統芸能館を見て、 出口を出るとあったのは、 十六番館 である。 

「  十六番館は、 昭和三十四年に、東山手十六番地より、現在地に移築されたもので、  この建物は、開港条約により、長崎初代・アメリカ領事館館員宿泊所として、 安政七年( 1860) に、建てられたものである。 」

以上で、長崎ぶらぶら歩きは終了である。 

プッチーニ像
  三浦環像   十六番館
プッチーニ像三浦環像十六番館



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