長崎の旅の最後に、大浦にあるグラバー園に行く。
前回訪れた時は、夜に稲佐山に上り、長崎港の夜景を見て、
昼間に浦上の平和公園を訪れ、平和の鐘や平和記念像を見たので、今回は行かなかった。
長崎には、仕事を含め、何度も訪れているが、一番変ったのはグラバー園周辺である。
「 六十年前、活水女学園となっていたところは、 活水女子大になっていた。
その坂はオランダ坂で、 東山手甲十三番館は、カフェになっていた。 」
大浦天主堂の上に、エスカレーターがあり、「動く歩道」 と表示されている。
それに乗って下りた右下に、 旧自由亭 がある。
「 明治十一年(1889)に、 諏訪神社下に建てられた西洋料理店。
当時は、この店に、内外の貴賓や地元高官など、社交の場として使われていた。
店主の死後、 日本政府が購入し、 太平洋戦争後、 検察庁官舎として使用されていた。 」
更に、動く歩道に乗り、到着した先にあったのは、 旧三菱第二ドックハウス で、 その前には、池や樹木が植えられていた。
「 ドックハウスとは、 船を修理している間、 乗組員が宿泊した施設で、 この建物は、 明治二十九年に建築された、典型的な西洋風建物で、 対岸に見える 三菱重工長崎造船所の第二ドックのすぐ側に、建てられました。 」
池の先の展望台の一角に、 高島和砲が置かれている。
「 この大砲は、幕末の兵学者で、砲術家の高島秋帆の指導の元、 鉄砲鍛冶の野川清造により、造られたと、いわれるものである。 」
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| 旧自由亭 | 旧三菱第二ドックハウス | 高島和砲 |
旧長崎地方裁判所長官舎 (レトロ写真館) は、 明治十六年頃、 長崎市上町に建てられた長崎地方裁判所の長官舎である。
「 居留地の外側に建てられた洋風の官庁建物としては、
長崎に唯一残る貴重な建物である。
外側は洋風であるが、 内部は日本人の生活様式に合わせた造りになっている。 」
旧ウオ―カー住宅は、 イギリス人実業家 ・ ロバート ・ エール ・ ウォカー の次男が、暮らした邸宅である。
「
明治中期頃、 大浦天守堂のすぐ隣に、建てられました。
木造平屋建ての建物には、イギリスの暖炉と煙突に、日本瓦と和風の庇が設けられている。
他にも、台所や和室があったが、 園内にはこの建物だけが移築され、
その他の建物は取り壊されてしまった。 」
旧リンガー住宅は、 慶応三年頃に建てられた、三方をベランダ囲まれたバンガロー風の建物である。
「 ベランダの床石には、ウラジオストクから運んだ御影石、
ベランダの屋根を支える角柱には、天草の石を使用、 木と石が調和した木骨石造りで、
国の重要文化財に指定されている。
リンガーは、 ナガサキホテル (現在の旧香港上海銀行 横) という、
ホテルの開業を行っており、
現在住宅内では、当時ホテルで使用されていたカトラリ―を展示している。 」
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| 旧長崎地方裁判所長官舎 | 旧ウオ―カー住宅 | 旧リンガー住宅 |
旧スチイル記念学校は、 明治二十年に、東山手9番に建てられた、 ミッション系の学校である。
「 居留地時代に造られた典型的な木造洋風建築で、 三階は鐘楼になっており、 学校名は学校建設に基金を寄贈した、宣教師 W ・ ステイール の名前に由来している。 」
旧オルト住宅は、 国の重要文化財に指定されている。
「 慶応三年(1965)頃に建てられた、石造りの洋館で、
大浦天主堂や旧グラバー邸を手掛けた、小山秀によるものである。
天草の砂岩を基礎に使い、 ベランダにはタスカン様式の列柱が並ぶ。
かって、 このベランダで、イギリス領事館のパーテイーが、開催されていた。
この住宅は、 オルトが大阪に移住した後、 リンガー家が暮らしていた時期がある。
現在、 室内には旧オルト家が暮らした遺品を展示している。 」
この下に、グラバー邸があるが、
歌劇蝶々夫人のある晴れた日は、 このあたりの風景をイメージして、
舞台風景が作られている。
前回訪れた頃の三菱重工のドックは、客船を造るなど活況を呈していたが、
今の日本の造船業は縮小の一途で、三菱も例外ではない。
そのせいか、港も曇っていた。
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| 旧スチイル記念学校 | 旧オルト住宅 | 港を一望 |
プッチーニ像と三浦環像が建っている。
「 世界的に有名なオペラ 「マダムバタフライ」 は、
長崎が舞台になっており、
物語に登場する景色は、 まるで、旧グラバー邸から望む景色を思わせる描写である。
戦後、 旧グラバー住宅で生活した進駐軍の大佐夫人は、
住宅から見えた景色と物語の場面がよく似ていたことから、
「 マダム ・ バタフライ ・ ハウス 」 という、愛称を付けました。
グラバー邸の上には、 オペラ 「マダムバタフライ」 の プリマドンナ として有名になった、三浦環と、作曲家の プッチーニ の石像が建てられている。
旧グラバー邸は、国の重要文化財と、明治日本の産業革命遺産 に、指定されている。
当日は耐震化、保存工事で見ることはできなかったが、
文久三年に、建築された木造洋風建築である。 」
長崎伝統芸能館を見て、 出口を出るとあったのは、 十六番館 である。
「 十六番館は、 昭和三十四年に、東山手十六番地より、現在地に移築されたもので、 この建物は、開港条約により、長崎初代・アメリカ領事館館員宿泊所として、 安政七年( 1860) に、建てられたものである。 」
以上で、長崎ぶらぶら歩きは終了である。
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| プッチーニ像 | 三浦環像 | 十六番館 |