. 出雲大社と出雲の神々(続き) 稲佐の浜  

「 出雲大社と出雲の神々 」 探訪記 (続き)

( 出雲の神社めぐり )

かうんたぁ。

 



◎ 稲佐の浜

稲佐の浜は、 出雲大社の西の方へ一キロ程行ったところにある海岸である。
ここは、 国譲り ・ 国引きの神話の舞台となったと、いわれるところでる。 
また、 旧暦十月の神在月に、全国の八百万の神々をお迎えする浜でもある。 
夏夏には、稲佐の浜海水浴場として海水浴が楽しめる。
稲佐の浜にある丸い島は、 地元で 「べんてんさん」 と呼ばれて親しまれている弁天島である。 

「 かつては、稲佐の浜のはるか沖にあったため、沖ノ御前とか、 沖ノ島と呼ばれていた。
昭和六十年頃までは、 島の前まで波が打ち寄せていたが、 近年、 急に砂浜が広がり、 現在では島の後まで歩いて行けるようになった。  明治以前の神仏習合の頃には、弁財天が祀られていたので、弁天島の名が付いている。
現在祀られているのは、 豊玉豊玉毘古命 (とよたまひこのみこと) である。 」

稲佐の浜の南には、 国引きのとき、島を結ぶ綱になったという、 長浜海岸(薗の長浜) が続いていて、 サイクリングロードになっている。 
また、 五十メートル程入った山手の民家の庭先に、 屏風を立てた様な岩 ・ 屏風岩がある。 
「  高天原からの使者として派遣された 武甕槌神(たけみかづちのかみ) が 、  この岩陰で、 大国主大神 (オオクニヌシノカミ) と、  国譲りの話合いをされたと、伝えられるところである。 」

出雲大社と稲佐の浜との中間地点に、 「阿国の墓」 の表示を見付けたので、立ち寄る。 
入口に、 「歌舞伎の始祖阿国」 と書かれた常夜燈があり、  山根 の 太鼓原 の石段を上ると、出雲市が建てた 「出雲阿国の墓」 の説明板がある。 

説明板「出雲阿国の墓」
「 日本を代表する 芸能・歌舞伎 の始祖として知られる出雲阿国は、  大社町の鍛冶職・中村三右衛門の子で、  出雲大社の巫女であったと伝えられる。 
天正の頃、出雲大社本殿の修復勧進のため、京都に入り、 世にいう、歌舞伎踊り を創始した。 
豊臣秀吉 ・ 徳川家康の御前でも、 この歌舞伎踊りを披露するほどに名を上げ、 世に 「天下一阿国」 として知られた。  また、 阿国と名護屋山三との熱愛ぶりも今の世にも語り継がれている。 」 

平成三年に建立された  「ABCミュージカル阿国公演成功記念」 と、 「をどり座阿国公演記念の碑」 の石碑が並ん建っている。 
出雲阿国の墓は、 出雲阿国の生家である、中村家の墓の隣にあった。 

「  名護屋山三は、 安土桃山時代の武士で、 蒲生氏・森氏の家臣。   類稀な美貌の持ち主で、 蒲生氏郷が少女と勘違いした程。 
出家して、宗圓を名乗ったが、  細川幽斉は、 「 かしこくも 身をかへてける 薄衣(うすころも) にしきにまさる  墨染めのそで  」 と、歌に詠み、  粗末な薄衣ですら、宗圓が身につければ、錦にも勝る墨染めのそでに見粉うようである、 と賞賛したという。 」

稲佐の浜
     弁天島      出雲阿国の墓
稲佐の浜
弁天島
出雲阿国の墓



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