春で〜す。 桜の季節がやってきました。
栃木県内にも見答えのある桜がありますよ!!
県北の桜を見にでかけました。
◎ 寺子の桜
寺子の桜は、那須塩原市の寺子地区にある、エドヒガンザクラである。
植えてから、三百七十年以上経つといわれる。
年輪を重ねた枝は、やや勢いを無くしているようにも感じられるが、毎年四月十日から十六日ごろ、淡いピンクの花を咲かせてくれる。
薄墨ぽいピンクに見えるときもある。
桜は、寺子交差点から少し登りになっている道路脇から、少し入った墓地の中にあります。
地元の農家が耕作している畠にありますので、迷惑にならないよう、鑑賞したいものです。
(場 所) 寺子地区は、那須塩原市の東のはずれにあり、那須町、黒羽町と接しています。
桜は、交差点から少し登りになっている道路脇から、少し入った墓地の中にあります。
東北自動車道那須ICからは高久、そして平場を経てゆく。
大田原からは、旧陸羽街道を走り、寺子交差点の近くです。
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◎ 遊行柳 と 桜
平安時代の旅の歌人 ・ 西行法師が訪れ、 歌を詠んだことから、
下野国の芦野の柳が、 「遊行柳」 として、都で有名になり、歌枕にも使用されました。
西行法師の御歌 「 道のべに 清水流るる 柳かげ しばしとてこそ 立ちどまりつれ 」 (古今集)
世阿弥が、 この話を基に、 謡曲 「遊行柳」 を作っている。
松尾芭蕉は、「 奥の細道 」 で、黒羽に逗留した時(元禄二年四月十九日・旧暦六月上旬)、
那須の殺生石を見学しての帰途、 ここに立ち寄り、
「 田一枚 植えて立ち去る 柳かな 」
という句を詠んでいる。
遊行柳付近には、桜は数本あります。
桜を愛した西行を偲んで植えたのがどうか分かりませんが、 正面の一本が大きく、
柳の黄緑とマッチして、美しい情景を醸し出していました。
(場 所) 芦野集落から国道294号を北へ白河方面に走らせると、
左手に 遊行庵(案内所兼休憩所)がある。
そこから、徒歩数分。
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◎ 桜ヶ城趾の桜
芦野には、那須一族の芦野氏が天文年間(1532〜55)に築城した桜ヶ城趾がある。
、上に登れば桜が見事、下から眺めても素敵です。
「
芦野は、今でこそ、人口二千五百人の集落ですが、江戸時代は、奥州街道の関東最北の宿場として、最盛期には四十軒以上の旅籠がありました。
また、那須与一を祖とする那須家の一統の芦野氏が、四千五百石の旗本として、
陣屋を構えていました。
明治に入り、芦野町になりましたが、鉄道が開通し、 隣の黒田原に駅が出来ると、
急速にさびれていきました。
その後、昭和の町村合併で、那須村と一緒になったのですが、 芦野町になれず、
那須町大字芦野になってしまいました。 」
桜ヶ城趾は、那須一族の芦野氏が天文年間(1532〜55)に築城した城址。
ソメイヨシノが美しい。
道の駅「芦野」では、水車でソバ粉を引いている。
手打ちソバはなかなかおいしかったですよ。 値段も高くない。
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◎ 山の神 の桜
山の神(旧地名?)にあるエドヒガンザクラである。
車が多く行き交う道路の脇に超然と立っている。
樹形もよく、はなやかな白っぽいピングが青空に映えきれいです。
花 期は年により変わりますが、四月五日〜十五日ごろでしょう。
(場 所) 黒羽町奥沢
黒羽町の中心部から北へ国道294号を少し走らせると、右手に1本立っています(黒羽観光やなの手前です)
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◎ 西 行 桜
法輪寺は、 光丸山法輪寺といい、天台宗の古刹で、 大天狗の面が寄進されている。
西行桜は、寺の境内にある。
西行法師の御歌 「 願わくは 花のしたにて 春しなん どのきさらぎの 望月の頃 」
は、 桜の美と実りの生を感じさせる名歌である。
西行法師は、花、 とりわけ、 桜を愛したといわれている。
世阿弥は、西行が桜に寄せた感傷をモチーフに、西行の庵にある老木の桜をテーマにした、
謡曲「西行桜」 を作っている。
西行法師が、旅の途中、湯津上村の法輪寺に寄り、
「 盛りには などかわか葉は 今とても 心ひかるる 糸桜かな 」
と詠んだと伝えられる桜で、推定樹齢八百年の古木である。
寄る年波には勝てないのか、枝はところどころ折れて、痛々しい感じがしますが、
小さめの白い花が咲きます。
毎年三月下旬から四月上旬にかけて、ソメイヨシノよりやや早く咲くような気がしますが ・・・
(場 所) 大田原市佐良土(旧 湯津上村佐良土」
黒羽から国道294号を南下すると、佐良土交差点にでます(その手前に法輪寺があります)
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◎ 千本松農場の桜
千本松農場の桜は、那須塩原市の千本松にある、県酪農試験場にある桜並木である。
花を静かに眺めるには良い場所です。
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