名所訪問

「 日光 常行堂 ・ 二荒山神社本社 ・ 大猷院 」


かうんたぁ。


◎ 常行堂 ・ 二荒山神社本社

東武日光駅から二荒山神社本社へのバスは、日光東照宮バス停を通るバスに乗れればすぐである。
一般的には輪王寺や東照宮を見学後、訪れることが多いので、 その場合は、表参道バス停か、西参道茶屋バス停を利用することになる。
二荒山神社本社の手前の五差路に、輪王寺所属の常行堂があり、「常行堂」お説明板が建っている。

説明板「重要文化財 常行堂(じょうぎょうどう)」
「 嘉祥元年(848)に、慈覚大師円仁によって、比叡山延暦寺の「にない堂」に模して建立されました。
純和様の宝形造で、隣の純唐様の法華堂との間に、歩廊を設け、接続されています。
この形式は大変珍しいもので、現在では比叡山延暦寺と、ここ輪王寺の二ヶ所が代表的です。
常行堂の本尊は、宝冠阿弥陀如来です。 平安時代末期の仏像で、国の重要文化財に指定されています。
宝冠を頂き、クジャクに乗ったお姿です。   法・利・因・語の四菩薩を周囲に配し、それぞれもまた、クジャクに乗ったお姿です。  このような形でおまつりしているのは、大変珍しく、全国でも猷一と言われています。
となた様も内陣までお入りいただけます。 どうぞ、阿弥陀如来様のお近くにて、お参りください。 」

その先に、二荒山神社本社がある。

「 拝殿と本殿は、元和五年(1619)の創建されたが、 正保二年(1645)の諸社造営に伴い、本殿はわずかに移動し、 屋根の葺き替え・塗装の塗り直し・飾金具の変更があったが、軸部・戸口・建具などの変更はない。
各部分の華やかで、複雑な彩色、塗装、彫刻などは、元和時代の建築様式を現している。
拝殿は、本殿の移転に伴い、正保二年(1645)に再建された。
  その後、屋根の葺き替えはあったが、他には全く後世の形式変更はない。
本殿と違って、彩色文様もなく、単純であるが、創建当時の建築様式を現している。 」

入口の唐銅鳥居を入ると、10棟の建物があるが、拝殿・本殿を含め、国の重要文化財に指定されている。
拝殿に隠れている本殿は、西側の庭園「神苑」に入ると、見ることが出来る。
二荒山神社の祭神は、父・大己貴命(おおなむちのみこと)と、母・田心姫命(たごりひめのみこと)と、 子・味すき高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)の三神である。
縁結びの神として、人気がある。 境内には、「縁結びの木」や、「縁結びの笹」「良い縁狛犬」など、 縁起の良いスポットや御守りがある。 また、知恵の輪くぐりもできる。

常行堂      二荒山神社唐銅鳥居      二荒山神社拝殿
常行堂 二荒山神社唐銅鳥居 二荒山神社拝殿
<

◎ 大猷院(だいゆういん)

二荒山神社から西南に、輪王寺所属の大猷院がある。

説明板「徳川三代将軍 家光公墓所 国宝 大猷院」
「 徳川三代将軍「家光公」の廟所です。
家光公は、父・秀忠公の政策を受け継ぎながら、「参勤交代」や「鎖国」など、 徳川幕府の特徴ある制度を推し進めた名君です。
家光公は、慶安4年(1651) 4月20日、江戸城にて、将軍在位のまま、48歳で亡くなり、 その遺言にしたがい、四代将軍「家綱」公によって、1年2ヶ月の短期間で創建されたのが、大猷院です。
大猷院は、後光明天皇より賜ったおくり名です。 
大猷とは、中国の古典「詩経」から取られた言葉で、「おおいなる道」、 つまり、家光公が江戸時代の大きな道筋をつけたという意味が込まれています。
境内には、22件の国宝・重要文化財が建ちならび、 周囲の木立と相俟って重厚で荘巌な雰囲気を醸し出しています。
建物の配置は、大黒山の斜面を利用しているため、大小4棟の門をくぐるたびに景色が変わり、 あたかも天上界に昇ってゆくかのような感覚を覚えます。 」

「徳川三代将軍 家光公 霊廟」 と書かれた、大きな看板が大きな柱になっていて、 その先に、拝観券受付所がある。
その先に、表門の仁王門がある。

「 大猷院の一番目の門で、口を開いた阿形と、口を閉じた吽形の二体の仁王像(金剛力士像)が 祀られている。
国の重要文化財に指定されている。 」

仁王門をくぐると、道は左に曲がっていて、階段を上がると、二天門がある。

「 正面の扁額(へんがく)は、後水尾天皇の筆によるもので、 朱塗りの楼門で、唐破風の屋根を持つ、日光で一番大きな門である。
国の重要文化財に指定されている。
左右に、持国天と増長天を安置することから、二天門と呼ばれる。 
門の裏面に、風神と雷神が祀られている。
この二体は東照宮の陽明門の守護神として祀られていたものだが、 明治維新の神仏廃止に伴ない、ここへ移転したものである。 」

二天門から、上ってきた下を見ると、石灯籠がたくさん並んでいるが、 大名達からの献上品である。

参道を進むと、右側に鐘楼、左側に鼓楼があり、急な石段を上がると、家光の廟所を護る、夜叉門がある。

「 四体の夜叉が安置されていることから、夜叉堂と呼ばれる。
門には、牡丹の花が彫刻されていることから、牡丹門とも呼ばれる。
国の重要文化財に指定されている。 」

夜叉門をぐぐると、唐門があり、その奥に、拝殿・相の間・本殿が連なっている。

「 唐門は、本殿への入口になる門で、門の両側に塀が伸びていて、 拝殿・本殿を囲うように、造られている。
唐門は、金・白・黒・赤の落ち着いた彩色で、厳かな印象を与える。
唐門の入口には龍の彫刻、唐門から拝殿に続く門には、家光、父・秀忠、祖父・家康の干支である、 龍・兎・虎の彫刻がある。
拝殿と本殿の間に、相の間があるが、、このような造りを権現造という。
これらの建物は、国宝に指定されている。
内部に入ることはできないが、狩野探幽の唐獅子、天井には140枚の龍が描かれている、という。  」

皇嘉門(こうかもん)は、本殿の右手にあり、家光の遺骨が埋葬されている、奥の院の入口を 護る門である。
明朝様式の竜宮造りで、国の重要文化財に指定されている。 」

大猷院入口      大猷院仁王門      雪の二天門
大猷院入口 大猷院仁王門 雪の二天門
<

訪問日     令和六年(2024)十一月二十三日



名所訪問 (東日本編2 関東) 目次