立木観音前バス停と過ぎ、右にカーブすると、
車道が坂道になるところの右側に、車止めのある道がある。
この道に入ると、右側にフランス大使館別荘があり、今も使われているので、
立ち入り禁止になっている。
そのまま進むと、左御の車道脇に駐車場があり、大使館別荘に行く人用の駐車場である。
その下には、周辺案内図という、大きな看板が建っていて、
この先に英国大使館別荘記念公園、その先にボートハウス跡に桟橋があり、
その先に、イタリア大使館別荘記念公園があることが分かった。
少し歩くと、「← イタリア大使館別荘記念公園400m」 、
「英国大使館別荘記念公園 50m →」 の道標がある。
右の道標に従って進むと、道の右側にあるのは奥日光では残り少なくなった、
湖畔の紅葉である。
その先の小高いところにあるのは、英国大使館別荘である。
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道 標 (右)英国大使館別荘入口 | 湖畔の紅葉 | 英国大使館別荘 |
艦内見学は後にして、イタリア大使館別荘に向って、アップダウンのある細い道を歩く。
右手下に、桟橋が見えてくる。 これが、案内板にあった、ボートハウス跡である。
「← 桟橋 ボートハウス跡」 の 道標もあった。
その先に「← 歌ヶ浜 イタリア大使館別荘記念公園 →」 の道標が建っている。
その先に、木橋があり、その奥に木造の建物が見える。
橋の両側は紅葉できれいである。
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桟橋(ボートハウス跡) | 道 標 | 木橋の紅葉 |
木橋を渡ると、道の左側の奥まったところにある建物は、イタリア大使館別荘の副邸である。
「 副邸は、暖炉を持つ、居間兼食堂とそれに続く広縁、寝室と台所からなっていた。
本邸とは対照的に、森の中の環境を生かして建物で、窓から見る四季の彩りの変化が抜群である。
現在は往時の歴史を紹介する、国際避暑地歴史館として使用されている。 」
右側に、木造のイタリア大使館別荘が建っている。
「 イタリア大使館別荘は、昭和13年に、
イタリア大使館の別荘として建てられ、
平成9年まで、歴代の大使が使用していたものである。
本邸は、著名な建築家、 アントニン・レーモンド により建築されたもので、
主に大使とその家族が使用した。
本邸は、床板や建具・家具などをできる限り、再活用して復原している。
また、パタンを変えながら、杉皮張りで仕上げられた内外装も大きな特徴である。 」
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別邸(国際避暑地歴史館) | イタリア大使館別荘本邸 | 湖側から見た本邸 |
スロープから、館内に入ると、ポーチで靴を脱く。
その先に、狭い長方形のホールと階段、トイレがある。
ホールの先は、横に長い部屋が広がり、右側の椅子群は書斎、中央の丸テーブルとソファーは居間、
左側のテーブルと椅子群は食堂で、両側に暖炉があるワンルームである。
その左側にある、壁で仕切られた部屋は休憩室である。
中禅寺湖が見られるように、長いソファーベットが置かれていて、戸も閉められるようになっていたので、大使などがのんびり本を読んだり、景色を見ていたりした場所なのだろう。
その奥の広い場所は非公開場所になっている。
ここは台所などがあるのだろうと思った。
これらの部屋の奥、中禅寺湖に面して、解放感のある広縁が横に細く広がっている。
なお、一階では、9時30分〜15時頃まで、カフェ コモ が開業していて、コーヒーとクッキーなどを
広縁のソファで楽しみことができる。
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ワンフロア(書斎・居間・食堂) | 休憩室 | 解放感のある広縁 |
二階は、湖の面して、ベットが並び、湖の展望を最大限活かした設計になっている。
階段を上がった左側に小さな長方形の休憩室、ホールの右側は、湖に面して、
左側から、現在はギャラリー、展望室1(寝室)、展望室2(寝室)、展望室3(大使の間)がある。
なお、階段はギャラリーの間の奥にもあった。
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ギャラリー | 寝室 | 大使の間 |
本邸を出て、湖側へ向かうと、暖房の煙突がある。
見学者に桟橋が人気で、次々に記念写真を撮っていた。
湖には定期遊覧船がタイミング良く通過していった。
それを見た後、英国大使館別荘を見に、先程の道を引き返した。
「 明治中期から昭和初期にかけて、中禅寺湖畔は、各国の大使館をはじめ、
多くの外国人の別荘が建てられ、国際避暑地としてにぎわいました。
この建物は、英国の外交官で、
明治維新に大きな影響を与えた、アーネスト・サトウの個人的別荘として、明治29年に建てられたものである。
彼は、好きな登山や植物採集などを楽しんだ。
この山荘には、イサベラ・バードも滞在し、友人あての手紙に、 「山荘から眺める風景の素晴らしさ」
を綴っている。
後に、山荘は英国大使館別荘となり、平成二十年(2008)まで利用された。
現在の建物は、使われていた姿に復元したものである。 」
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本邸の暖房用の煙突 | 桟橋と定期遊覧船 | 英国大使館別荘 |
内部に入ると、細長いエントランスとトイレがあり、その先に長方形の部屋がある。
現在は、英国外交官 アーネスト・サトウとサトウが愛した奥日光を紹介する展示室になっている。
「
展示テーマは、@ 幕末維新に大きな影響を与え、明治29年(1896)に、
この別荘を建てた、彼の生涯を紹介している。
サトウは、明治五年(1872)に日光を訪れ、その後も日光を訪れ、「日光案内」を出版。
これが、国際的避暑地として発展するきっかけとなった。
明治二十五年(1992)頃に、初の外国人別荘が中禅寺湖畔に建設され、
明治二十七年(1994)には、外国人向けのホテルが開業するなど、
この極上の風景地は、次第に国際的避暑地としての道を歩き始める。
サトウは、明治二十八年(1895)に、特命全権大使として、再来日すると、
翌年には別荘を完成され、離日までの五年間に200日以上滞在するほど、
この地を愛し続けました。
A サトウが愛した奥日光
国際避暑地の歴史や奥日光の豊かな自然、サトウの次男で植物学者の武田久吉氏、
サトウがこの場所を別荘地に選んだ理由や建物の特徴を紹介している。 」
広縁にはソファがあり、中禅寺湖と外を歩く人々が見える。
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サトウの生涯の展示室 | ソファが置かれた広縁 | 広縁からの風景 |
二階への階段前には、クラッシックなランプが置かれていた。
二階では、正方形の展示室があり、「アーツ・アンド・クラフト運動で花開いたデザイン芸術」 という
テーマの展示が行われていた。
その隣は英国文化交流室となっているが、南4番Chassic というカフェが営業している。
営業時間は季節によって違うが、10時〜15時30分(ラストオーダーは14時30分
メニューは、ミニアフタヌーンティ-という名で、
英国大使館駐日シェフの監修を受けた、スコーンとサンドイッチ、紅茶のセットである。
味わいと思ったが、ラストオーダー時間を過ぎていたので、残念だった。
英国大使館別荘は、外観は当時のままだが、部屋が当時の間取なのか、
どのように使用していたのかの説明はなく、完全に展示館である、と思った。
以上で、大使館別荘見学は終了である。
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クラッシックなランプ | 展示室 | 英国文化交流室 |
訪問日 令和六年(2024)十一月二十二日