◎ 鷹見泉石記念館
鷹見泉石記念館は、古河藩が、藩士たちのために用意した、武家屋敷の一つである。
この建物は、寛永十年(1633)、古河藩藩主・土井利勝が、
古河城の三階櫓を造った時の残り材を使用して建てた茅葺の武家屋敷である。
古河藩の家老であり、蘭学者であった鷹見泉石は、
隠居後はもっぱら勉学にいそしんだといわれる。
鷹見泉石は、最晩年をこの家で送っている
敷地奥には、古河出身の女流南画家であった奥原晴湖の画室が、熊谷から移築・復元されている。
この二つの建物は庭から室内を見学する形になっている。
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鷹見泉石記念館の北側には、古河歴史博物館があり、鷹見泉石関連資料などが展示されている。
博物館は、古河市市制四十年を記念し建設されたもので、古河城の諏訪曲輪(出城)跡に建てられた。
鷹見泉石記念館と古河歴史博物館の間に、シダレザクラが数本あり、満開で美しかった。
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鷹見泉石記念館の所在地 茨城県古河市中央町三丁目11−2
◎ 長谷寺
記念館の近くに、長谷寺がある。
寺伝によると、
「 室町時代の明応年間(1492〜1501)に、足利成氏が、鎌倉の長谷観音を現在地に勧請し、
古河城の鬼門(東北)除けとしたもので、歴代の古河城主が祈願を込めたところとされる。
本尊は、高さ六尺八寸一分(約二メートル)の木造十一面観音立像で、
鎌倉・大和の長谷寺とともに、日本三大長谷観音の一つとうたわれている。
葛飾坂東観音霊場の番外札所である。 」
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長谷観音 |
所在地 茨城県古河市長谷町5−1
◎ 古河公方公園
長谷寺の南方に、古河公方公園がある。
「 古河公方公園は、約二十二ヘクタールの敷地をもつ公園で、 公方様の森や、復元された御所沼に、古河公方のゆかりの史跡などがある。 」
訪れた時は、花桃が満開できれいだった。
三月下旬から四月上旬にかけて、桃まつりが開催され、
公園の北部に、桃、紅白の花桃の木が約千八百本、植えられている。
当日は、古河市の看板娘である、桃むすめが、イベントに参加していた。
江戸時代、古河藩主・土井利勝が、領地に桃の木を植えさせたことに始まり、
園内には、矢口・源平・菊桃・寒白・照手・寿星桃の六種の花桃が植えられている。
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所在地 茨城県古河市大字鴻巣399−1
JR宇都宮線古河駅からタクシーで10分、バスで約5分〜15分
徒歩だと、約2.6kmで、約40分
訪問日 平成十四年(2002)三月二十四日