名所訪問

「 げげげの天神通りを歩く 」


かうんたぁ。


NHKの朝のドラマで、昨秋から水木しげるを主人公にしたげげげの女房が放映され、 好評を博している。 
彼が東京で居を構えたのは調布市であることはテレビを見るまでは知らなかった。 
好奇心が強い小生は、さっそく、調布市を訪問した。


京王線調布駅で降り、北口交差点に出る。 
交差点の先、右側には西友、左側にはパルコがあり、この一帯が調布駅前通りで、 げげげの女房が足しげく通ったところだろう。 
交叉点の一つ手前の右に入る道は布多天神への参詣道で、 入口にある街灯には、 「天神通り商店街」 を示すプレートがあり、 水木しげるの妖怪・鬼太郎が腰掛けていた。

商店街を歩いていくと、妖怪キャラクターが随所にあり、 調布駅方向から北に向かって、

「 目玉おやじを手に載せた鬼太郎 」 「 横たわるねずみ男 」 「 一反木綿に乗ったねこ娘 」 「 切り株に座るぬりかべ 」
「 頭に目玉おやじを乗せた鬼太郎 」  の順に並んでいる。 
この通りが天神通り商店街である。

商店街を見ながら歩くと、国道20号と交差する交叉点にでた。 
交叉点の右側には大正寺がある。

「 当地にあった栄法寺と町内にあった二寺が、大正四年に合併し、 大正寺と改名した。 
西側にある山門は、寺の北側にあったものを今の位置に移築した。 」

交叉点の左手一帯は電気通信大のキャンバスになっている。 
布多天神社の拝殿は、その先の鳥居をくぐった先にある。
社伝によると、大変古い神社である。

布多天神社の 社 伝
「 今から約二千年前の第十一代垂仁天皇の御創建といわれております。 
文明九年(1477)に多摩川の洪水をさけ、古天神というところより現在地へ遷座され、 その時、御祭神の少彦名命(すくなひこなのみこと)に 菅原道真公を配祀されました。  江戸時代に甲州街道が開通し、布田五宿が作られましたが、 布多天神社は布田五宿の総鎮守であり、五宿天神と崇め祀られておりました。 」 

拝殿の奥にある本殿は覆屋の中にあるので見ることはできなかったが、 江戸中期の宝永三年(1706)の建立と推定されるもので、 桁行一間、梁間一間の一間社流造である。 

妖怪鬼太郎の街灯 x 大正寺山門 x 布多天神社拝殿
妖怪鬼太郎の街灯
大正寺山門
布多天神社拝殿

境内の狛犬は、境内で開かれる市場の繁栄と商売繁盛を祈願して、 寛政八年(1796)に建立された市内で最も古い狛犬である。

「 墓場鬼太郎 第五巻 「 おかしな奴 」 という話の中では、 神社の奥の雑木林には鬼太郎が住んでいるとされていて、 げげげの女房に縁が深いところとなった。  
また、この北東に流れる根川は水木しげる夫妻が自転車で散策していたところである。 」

布多天神社から五百メートル歩くとスパーマルミチがあるが、 根川までは更に七百メートル以上ありそうなので、引き返した。 
街道に戻る途中、天神通り商店街で、今川焼きを買って食べた。 
調布駅前交差点の先にはパルコと西友が向き合ってあり、 道には多くの人が歩いていた。 

その先のバス停の名は調布銀座である。

「  商店街に銀座という名を付けたのは、全国で調布市が最初だったといわれる。 」

二百メートル程先の えの木駐車場 の一角に、 「小島一里塚跡」 の石碑があった。
小島一里塚は、甲州街道の日本橋から六里目の一里塚である。
江戸時代、このあたりは上布田宿だったが当時の建物などは残っていなかったが、 この石碑を見て、ここに甲州街道が通っていたことや、 暑いときには一里塚にあった木陰で休憩した旅人だろうと空想することができた。 

古い狛犬 x 調布銀座バス停 x 小島一里塚跡碑
古い狛犬
調布銀座バス停
小島一里塚跡碑

訪問日     平成二十二年(2010) 五月十日



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