名所訪問

「 那智山 青岸渡寺 」  


かうんたぁ。


青岸渡寺は、 和歌山県那智勝浦町那智山にある天台宗の寺院で、山号は那智山。
西国三十三所の第一番札所で、本尊は、如意輪観音である。

「 熊野には、役小角を始租とする修験道がおこり、神仏習合の信仰が行なわれるようになった。 
明治までは神仏習合で、那智大社と右隣の青岸渡寺は一体のものであったが、 明治の廃仏棄釈で、他の二社(速玉大社・本宮大社)の仏堂が壊された際、 那智大社の如意輪堂は奇跡的に残り、 神社から切放され、青岸渡寺と、名を変えたのである。 
青岸渡寺は西国三十三ヶ所の第一番札所であるが、その生い立ちは確かではない。 
伝えられるところでは、「 仁徳天皇の御世(4世紀)、 印度天竺の僧・裸形上人が、那智大滝において修行を積み、 その暁に、瀧壷で八寸の観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初 。
その後、二百年を過ぎた、推古天皇の頃、大和の生佛上人が一丈の如意輪観世音を彫み、 その中に裸形上人の 八寸の観音菩薩を納め、お堂が建立した、と伝えられる。 」

石段の上にある随神門(山門)は、昭和八年(1933)に再建したもので、 仁王像は湛慶が建暦三年(1213)に作成したといわれる、執金剛力士像である。
本堂は如意輪堂とも呼ばれるが、国の重要文化財に指定されている。

「 如意輪堂は、天然木の木肌、風合いを素木のまま表現されている、 寄木造りの建物である。
天正十八年(1590)に、豊臣秀吉の命により、豊臣秀長により再建されたものである。
また、堂内外陣には豊臣秀吉寄進の日本一の大鰐口が設けられている。 」

境内は、霧が懸って、もやぁとしていた。

随神門(山門)           本堂の如意輪堂
随神門(山門)
仁王像
本堂の如意輪堂

宝筺印塔は鎌倉時代の元亨(1322)に建立されたもので、日本最古のものである。
国の重要文化財に指定されている。
那智の滝を背景に、三重塔が建っている。

「 三重塔は、那智山が霊場として栄えていた、平安末期に建立された、とされる。
白河法皇が行幸された時、訪れたという。
鳥羽上皇や待賢門院も訪れた記録があり、歴史のある宝塔である。
天正九年(1591)、戦国領主と社家と対立による戦乱で焼失した。
現在の三重塔は、昭和四十七年(1972)に再建されたものである。   」

御朱印をいただき、青岸渡寺をあとにした。

日本最古の宝筺印塔      三重塔      青岸渡寺御朱印
日本最古の宝筺印塔
再建された三重塔
青岸渡寺御朱印

所在地  和歌山県那智勝浦町那智山8
       JR紀勢線紀伊勝浦駅より、熊野御坊南海バス 「那智山」行きで30分、 那智山下車。
       国道42号のきのくに線那智駅前交叉点から、山手に入り、那智川沿いに約8km。



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