名所訪問

「 那智大社 ・ 飛滝神社 」  


かうんたぁ。


那智大社は、 和歌山県那智勝浦町にある神社で、熊野三山の一つである。

那智大社は、 国道42号の那智駅前交叉点で県道43号に入る。
那智川に沿ってすすみ、県道46号に入ると、夫婦杉・大門坂がある。
那智の滝前バス停の付近に、「飛滝権現 那智大滝」の石碑があり、 左側に石段、その奥に「飛滝神社」の額を掲げた鳥居が建っている。
参道を進むと、石敷きの降り坂があり、その坂を降りると広場があり 広場の奥に鳥居と柵がある。
飛滝神社では、御滝そのものを大己貴神(おおなむちのかみ)が 現れた御神体として、祀っている。 
そのため、飛滝神社には神様を御祀りする社はなく、直接、那智の滝を神様として拝礼する。

那智大社の社伝によると、
「 神武天皇が那智の滝を、大巳貴命 (国づくりの神) の御霊代として、祀ったのが、 那智山信仰 の起こりとある。
一方では、熊野の民は、神武天皇御東征以前からすでに神として奉祀されていたとも、 伝えられている。 」 とあり、 古代の原始信仰の中で、熊野の民が 那智の滝を神として崇めていたことを否定していない。 
古来から那智の滝は信仰の対象であったことが分かった。  」

鳥居の先を見上げると、那智の滝から水が落ち、滝壷に流れている。

「 那智の滝は、高さ133m、、銚子口の幅が13m、滝壷の深さが10mという。
この滝の上流の比較的近いところに、二の滝と三の滝があり、これらの三つの滝が 国の名勝に指定されている。 」

飛滝神社入口           那智の滝
飛滝神社入口
飛滝神社参拝広場
那智の滝

拝観料を支払うと、滝に近い観瀑台から、那智の滝を見ることができる。
那智御滝の魚朱印をいただき、那智大社に向かう。 

那智大社には、更に上って行き、右折すると到着した。

社伝によると、
「 神武天皇が熊野灘から那智の海岸に上陸されたとき、 那智の山に光が輝くのを見て、 那智の大瀧を見つけ、その御滝を 大己貴神(おおなむちのかみ)現れたる御神体として、祀った。
神の使いの八咫烏(やたからす)の導きにより、大和に入ることができた。
那智大社が現在地に移転したのは、仁徳天皇五年(317)と伝えられ、 新しい社殿には、 主神の夫須美神(伊弉冉尊)を含め、国づくりに御縁の深い十二柱の神を 祀り、 その際、大瀧を「別宮飛瀧大神」 として残した。 」 とある。 

「熊野那智大社」の額のある朱色の鳥居がある。
鳥居をくぐると、右折して、手水場でお清めして、正面に進む。
朱色の一礼殿が建っている。

「 那智大社は、元々は、御滝の近くに祀っていたが、約千七百年前の仁徳天皇五年(317)に、 現在の場所に遷宮された、と伝わる。 
主祭神は、熊野夫須彌大神である。
大同元年(806)の新抄挌勅符抄には、古名として、熊野牟須美神とある。
速玉大社・本宮大社と違うのは、那智御滝の神を併せもっていることで、 神様が一つ多い。 」

飛滝神社御朱印      那智大社の神門      一礼殿
飛滝神社御朱印
那智大社の神門
一 礼 殿

玉垣内には、一礼殿から見て、正面に五殿、左に一殿がある。

「 平安時代、平重盛が造営奉行となって社殿を改めたが、織田信長の焼討に遭い、焼失。 
豊臣秀吉が 社殿を再興し、享保時代に徳川将軍吉宗により、大改修が行われた。 
正面の五殿には、各一柱、左の一殿を八社殿と称し、八柱の神々が祀られている。
正面の右から四番目が当社の主祭神である、熊野夫須大神(いざなぎのみこと)の社殿である。
右から第一殿 滝宮(大巳貴命)、第二殿 証誠殿(家都御子大神)、 第三殿 中御前(御子 速玉大神)、弟四殿 西御膳(熊野夫須美大神)、 弟五殿 若宮(天照大神)、第六殿 八社殿(大神地祇) である。   」

社殿の前に、神武天皇東征の 道案内をした八咫烏が石に姿を変えたという、烏石がある。

「 八咫烏は、三本足の烏で、熊野の神様の使いである。
よりよい方向へ導く神様として、御縣彦社で、祀られている。 」

また、白河上皇お手植えの枝垂れ桜や平重盛が植えたという、樹齢八百六十年の樟の木が 茂っている。 

御参りを済ました後、御朱印をいただいた。

那智大社本殿      八咫烏石      那智大社御朱印
那智大社本殿
八咫烏石
那智大社御朱印

那智大社 所在地  和歌山県那智勝浦町那智山1
      JR紀勢本線紀伊勝浦駅より、熊野御坊南海バスで、30分、那智山バス停下車。
      熊野大迫ICから国道42号で、那智勝浦町まで約1時間。
      那智勝浦町から車で20分。



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