日吉大社は、滋賀県大津市坂本にある神社で、 全国に三千以上ある山王神社の総本宮である。
日吉大社の歴史
「 日吉大社は、比叡山の麓に位置し、琵琶湖を見晴るかす土地に、、
東西の本宮を始め、山王七社を祀る、
崇神天皇七年、 日枝(ひよ)の山(比叡山)の山頂から、大山咋神を迎えたのが、始まり伝わる。
天智天皇七年(666)、大津京鎮護のため、奈良の三輪山より、大巳貴神を勧請。
伝教大師(最澄)が、比叡山で天台宗を開くと、比叡山延暦寺の護法神として、
日吉大社を山王権現とした。
これにより、神仏習合の山王神道(信仰)が全国に広がった。
延喜式神名帳では日吉神社であるが、中世以降は山王権現、
日吉山王社等と呼ばれるようになる。
明治の神仏分離令により、比叡山から独立し、日吉大権現という仏教語の神社名を日吉神社
に替え、仏教色を徹底的に排除し、仏教関係の物や行事は全て焼き捨て、神仏習合色は消され、
純神道形式になっている、という。 」
駐車場を出て、、山王鳥居をくぐると、西本宮の楼門がある。
山王鳥居は、上部に、比叡山延暦寺を示す山形をのせる独自の形式である。
楼門の軒下の四隅で、屋根を支えるのが、神猿で、四匹とも異なるポーズをしている。
神猿(まさる)は、「魔が去る」 ということで、厄除けの象徴とされている。
楼門は、天正十四年(1586)の再建で、国の重要文化財に指定されている。
楼門をくぐると、国宝の西本宮がある。
「 祭神は、大己貴神で、本宮も拝殿も天正十四年(1586)の再建である。
西本宮は、日吉式の建物で、慶長二年(1597) に改修されている。 」
東本宮の楼門は、天正・文禄年間(1573〜1596)の再建で、国の重要文化財に指定されている。 。
門をくぐると、東本宮の建物など建っている。
日吉神社は、織田信長による比叡山の焼討ちで、全て焼失した。
その後、十年後を経て、再建されたもので、
東本宮には、比叡山の神である大山咋神を祀る。
天智七年に建立されたが、比叡山の焼討ちで焼失、文録四年(1595)に再建された。
上七社(山王七社)
三間流造で、一間向拝付き、床が高めになっている。
檜皮葺で、屋根は日吉式という特有の形式。
正面から見ると、入母屋造に見えるが、背面中央の庇部分の軒を上げ、
その部分が垂直に断ち切られたようになっている。
牛尾神社の里宮でもある。
手前にある拝殿は、文録五年(1596)の再建である。
方三間(正面三間・側面三間) の建物である。 」
![]() |
![]() |
| ||
訪問日 平成十年(1998)一月十六日
所在地 滋賀県大津市坂本五丁目1-1
京阪石山坂本線坂本比叡山口駅より、徒歩約10分
JR湖西線比叡山坂本駅より、徒歩20分