名所訪問

「 石山寺 」

かうんたぁ。


石山寺は、 大津市の南端、瀬田川の西側に位置する、東寺真言宗の総本山である。
山号は石光山、本尊は如意輪観世音菩薩である。
清少納言の枕草子に、 「 寺は石山寺、仏は如意輪 」 と記されるなど、 霊験あらたかな観音さまとして、広く信仰されてきた。 
毎年、八月九日には千日会が開催される。          」


東大門の前に、「西国十三番 石山寺」 の石柱が建ち、門には仁王像が控えている。

「 東大門は、建久元年(1190)に、源頼朝により、建立された、と伝えられる。
その後、慶長年間(1596〜1615)により、現在の姿に大修理された。
三間一戸の八脚門で、屋根は入母屋造、瓦葺である。
国の重要文化財に指定されている。 」

石段を上って行くと、観音堂と毘沙門堂が建っている。

「 観音堂は、宝暦年間(1751〜1764) に、京都の三井某老尼による建立。
当初は礼堂と呼ばれた。 西国三十三ヶ所の本尊を模した三十三体の観音像を祀る。 
毘沙門堂は、安永二年(1773)の建設で、毘沙門像などを祀っている。   」

その先に進むと、右側に御影堂があり、左に行くと凝灰岩の山容の上に、 多宝塔が建っているのが見える。

「 凝灰岩は、国の天然記念物に指定されている。
石山寺の寺の名の由来になった岩である。
石灰が変質して出来た凝灰石で、世界的にも珍しいとして、日本の地質百選に選ばれている。
多宝塔は、源頼朝が建久五年(1194) に建立したと伝えられ、国宝に指定されている。
平治の乱の後に、頼朝の兄・源義平を石山寺が平清盛から匿ってくれたお礼に寄進したと、 寺伝にある。
日本最古の多宝塔で、下層は方三間で、堂内に快慶作の大日如来(重要文化財)を祀る。
上層は十二本の円柱に、四手先組物が載り、深い軒を受ける。
屋根は檜皮葺きである。     」

東大門
   毘沙門堂 観音堂    多宝塔
石山寺 東大門
毘沙門堂 観音堂
凝灰岩 (上部に) 多宝塔

凝灰岩の右上に鐘楼がある。

「 鐘楼は源頼朝の寄進と寺伝にあるが、鎌倉時代の後期と考えられる。
二階建てで、平面は上下層とも桁行三間、梁間二間で、上層には縁がまわされている。
下層には白漆喰塗の袴腰、上層には東西中央に扉があり、それ以外には連子窓である。
内部に、平安時代の梵鐘が吊り下げられている。 
鐘楼と梵鐘は国の重要文化財に指定されている。    」

石山寺には、紫式部が参籠して、源氏物語の構想を練ったと伝えられる。
石山寺の尾根(おね)の東の先端部に、月見亭が建っている。

「 瀬田川や琵琶湖が望める景勝地に建っていて、 ここから見る月は、 「近江八景 石山の秋月 」 の図で有名である。
保元年間(1156〜1158)に、後白河天皇が行幸した時に建てられたのが始まり。
貞亨四年(1687)の再建で、桁行一間、梁間一間で、東寄りの方一間は床を上げて、 舞台状にしている。     」

本堂は、承暦二年(1078)の大火で焼失したが、永長元年(1096)に再建され、 外陣(礼堂)は慶長七年(1602)にの寄進により、増築された。

訪れた日は石山寺千日会の開催日で、境内には「千日会万燈」と書かれた提灯が ずらりと並んで奉納されていた。

「 千日会は、毎年、八月九日に行われる。
先祖供養のため、数多くの提灯が灯される。
一日の参詣が千日の功徳を持つ、有難い、深重な悲願の日に行われる万灯供養である。 」

鐘楼
   月見亭    石山寺千日会
鐘楼
月見亭
石山寺千日会

所在地  滋賀県那大津市石山寺1−1−1
      JR東海道本線石山駅より、京阪石山坂本線に乗り、京阪石山寺駅で下車、徒歩10分



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