名所訪問
「 賀名生梅林(あのうばいりん) 」

賀名生梅林は、奈良県五條市西吉野町にある、梅林である。
吉野山の南方にある、北曽木の丘陵を、麓から中腹までの約三十ヘクタールに、
約二万本の梅が植えられている。
吉野の桜に匹敵する規模で、西ノ千本、東ノ千本などの景勝ポイントがある。
二月下旬から三月上旬に、純白や淡い紅色の梅花が雲海のような風景が広がる。
写真をクリックすると、画面が大きくなります。
賀名生の地名は、南朝時代に付いた由縁で、周囲に賀名生皇居跡や、歴史資料館がある。
賀名生皇居跡に、説明板が建っている。
説明板「賀名生皇居跡」
「 延元元年(1336) 十二月二十一日、後醍醐天皇は、京都花山院を脱出、
二十三日、阿那宇にお着き、ここを皇居とされた。
二十八日には、吉野山に潜幸されている。
かくて、正平三年、高師直、吉野山を犯したので、後村上天皇はのがれて、
九月頃、賀名生の皇居にいられ、時に、住吉・観心寺。天野山金剛寺に、
一寺は京都に遷幸された。
殊に、正平六年足利氏が帰順したので、北朝の天皇の廃立を宣し、
南朝の年号に統一し、神器も皇居の内侍所に納められた。
現在の堀家は、皇居のあとで、普通の民家とは、異例の特色ある稀有の遺構を有している。
藁葺門の皇居の扁額は、天誅組吉村寅太郎の掲げたもの。
尚、堀家には南朝関係という遺品の記録、及び、天誅組浪士帳等、多数の宝物がある。
(文学博士 田村吉永記)
西吉野邑観光協会 」
写真をクリックすると、画面が大きくなります。
訪問日 平成十七年(2005)三月十七日
所在地 奈良県五條市西吉野町北曽木
JR五條駅より、西日裏行き、十津川行き、新宮行き、湯の峰行きで、賀名生和田北口下車
又は、城戸行き、西吉野温泉行きで、賀名生バス停下車。
名所訪問 目次