名所訪問

「 石上神宮 (いそのかみじんぐう) 」

かうんたぁ。


石上神宮は、奈良県天理市布留町にある日本で最も古い神社の一つである。
延喜式神名帳には 「 大和国山辺郡 石上坐布都御魂神社 」 と記載され、名神大社に列している。
祭神は布都御魂大神で、当初は禁足地に祀られたが、現在は本殿に祀られている。
記紀によれば、「 神剣。布都御魂大神は、神武天皇御東征の時に天降られ、邪神を破り、 国々を平定された威徳により、物部氏の遠祖・ 宇摩志麻治命をして、宮中に奉斎された。 
のち、崇神天皇七年、物部の伊香色雄命が大臣の職にあった時、詔により石上の高庭の地に祀られ、 石上大神と称えたのが、石上神宮の創めである。 
物部氏が累代奉仕の任務につき、素盞鳴尊が八岐大蛇を退治された天羽斬剣も祀られ、 我が国の霊剣は、草薙剣を除き、当宮に祀られることになった。 」
奈良時代には物部氏が軍事を司り、武器は石上神宮の武器庫に集められていたことが窺い知れる。 


石上神宮は、大和盆地の布留山(ふるやま・標高266m)の北西の麓の高台にある。
山の辺の道の出発点・終点で、大神神社から歩いてくると、ここがゴールになる。
石段上の、左側に国の重要文化財に指定されている、楼門が建っている。

「 楼門は、鎌倉時代の文保二年(1318)の建立で、重層、入母屋造り、 桧皮葺の一間一戸の門で、 両脇に回廊が連なり、拝殿の斎庭を囲んでいる。 
もとは鐘楼門で、上層に梵鐘を吊るしていたが、明治の廃仏棄釈で、梵鐘は売却された、という。 」

門をくぐると、正面にあるのが、拝殿である。

「 拝殿は、入母屋造、檜皮葺、向拝付きの建物のである。
当神宮へぼ崇敬の高かった白河天皇が、鎮魂祭のために、 平安中期の永保元年(1081)に、宮中の神嘉殿を寄贈し、移築されたといわれ、 鎌倉時代に改修を受けているが、現存する拝殿としては、全国で最古の建造物である。
石上神宮には、本殿がなく、禁足地に祀られたとする布都御魂大神を、拝殿から禁足地に向って、拝礼していた。 」

この奥にある本殿は、大正二年に築造されたものである(拝殿から見ることはできない)

「 明治七年に、禁足地の発掘調査が行われ、祭神とされる神剣が見つかり、それを安置するため、 本殿が建設された、とある。
更に、明治十一年には天羽々斬刀が堀出された。
本殿には、布都御魂大神刀と天羽々斬刀の他、拝殿にあった配神などを祀っている。 」

本殿建築により、禁足地が拡大され、神倉は、本殿完成時に石の瑞垣を巡らせた禁足地に移転している。 」

石上神宮では神の使いとして、鶏を飼っている。
ゲージの中にいたものあったが、放し飼いの姿も見られる。

上神宮 楼門
   石上神宮 拝殿    神 鶏
石上神宮 楼門
石上神宮 拝殿
神 鶏

楼門前の石段を上がった右手にあるのは、 出雲建雄神社(いずもたておじんじゃ) である。

説明板 「  摂社 出雲建雄神社 式内社 」
 祭神     出雲建雄神
 由緒 「  出雲建雄神草薙神剣御霊座
      今千三百余年前、 天武天皇朱烏元年 布留川上日谷 瑞雲立上中神剣光放現
       「今此地天降諸氏人守」 宣給即鎮座給。 」 
( 出雲建雄神は、草薙の神剣に坐し、今を去ること、1300年前、天武天皇朱鳥元年(686)、 布留川の上日谷に瑞雲が立上る中、 神剣が光を放って現れ、  「今此の地に天降り諸の人を守らん」 と宣言し、 直ちに鎮座された。  )

参道にある出雲建雄神社拝殿は、国宝に指定されている。

「 元来は、内山永久寺の鎮守社・ 住吉神社(四所明神) の拝殿だったが、 廃寺後の大正三年(1914)に現在地に移建された。
廃寺後も、鎮守の住吉神社は存続したが、明治二十三年に本殿が放火により、焼失したので、 出雲建雄神社の拝殿として、移築された。
鎌倉時代の建保延三年(1137)の建立で、桁行五間、梁間一間の切妻造、唐破風造で、 屋根は檜皮葺。
中央に馬道(めどう)と呼ばれる通路を開く、割拝殿(わりはいでん)形式 になっていて、 この形式では最古ということから、 国宝に指定されている。 」

石上神宮の回廊に、 南北朝時代の鎧櫃が、保管されている。
応安二年(1369)のもので、マツ材、覆蓋造りで、大型の鉄錠前を備えていた。 

境内は広く、歌碑などもあったが、その中に、
 「 石上 布留の神杉 神びにし われやさらさら 恋に逢ひにける 」 
 (石上の布留の神杉ではないが、年古りて老いてしまった私なのに、今さらに恋をしてしまったよ。) 
「 未通女等が 袖布留山の 瑞垣の 久しき時ゆ 思ひきわれは 」 
という万葉の歌碑がある。 
常夜燈に 「 布留社 」 というのもあった。
石上神宮は、「岩上大明神」と呼ばれた時代があったが、 地名から「布留社」とか、 「布留大明神」とも呼ばれた。 
布留の地名の由来だが、  「 昔 石上を流れる川で、女が布を洗っていた。  そのとき、川上から剣が流れてきて その布に留まったことから、 その剣を祀り  布留の社とした。 」 という伝承による。 
布留が布都に変わっていったのだろう。 

  
出雲建雄神社
   出雲建雄神社の拝殿    鎧櫃
出雲建雄神社
出雲建雄神社の拝殿
南北朝時代の鎧櫃

訪問日    平成二十三年(2011)三月三十一日


所在地 奈良県天理市布留町364
     JR近鉄天理駅より徒歩30分
     奈良交通バスで、石上神宮前バス停下車、徒歩5分



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