名所訪問

「 穴師座兵主神社 (あさしにますひょうずじんじゃ) 」

かうんたぁ。


穴師座兵主神社は、奈良県桜井市穴師にある古社で、 延喜式神名帳には式内社とあり、名神大社と大社と小社に各付けされた三社で構成されている。
古代の纏向地区は、崇神天皇や景行天皇の時代の王宮があったところで、 途中に、「纏向日代宮の伝承地」 がある。
また、摂社として、相撲神社が祀られている。


JR巻向駅から東に向かうと、丘陵に出る。
ここには南北に、古代の道・山の辺の道が続いている。
それを横断すると、、坂道に変わり、山の様相になる。
「兵主神社」 の石柱と、鳥居が建っている。
中に入ると、明るい林の中に、参道が続き、奥まったところに兵主神社の説明板が建っている。

説明板「大兵主神社 (大和国穴師座兵主神社) 」
「 御祭神 若御魂神社(右) 兵主神社(中) 大兵主神社(左)
  創建    崇神天皇六十年
  由緒  当社は、三神殿にして、古典の伝えるところによると、 今より、ニ千前の御創建にかかり、延喜の制で、名神大社に列しられ、 祈年・月次・相嘗・新嘗のもろもろの官幣に預り、 元禄五年には正一位の宣旨を賜った最高の社格をもつ、大和一の古社である。
 御神徳  衣食住を守護し、風水を司る。       」

さらに奥に進むと、石段の上に、拝殿と三つの社殿が建っている。 
これが穴師座兵主神社である。

「  兵主神社は、右側の若御魂神社、中央の兵主神社、そして、 左側の大兵主神社の三つの社殿で構成された神社である。 
これらの三つの神社は、創建時には別々のところにあった。 
若御魂神社は延喜式神名帳には式内大社となっている神社で、 、もとは纏向若御魂神社といい、祭神は稲田姫命とされる。
神体は、勾玉と鈴である。
中央の兵主神社は、今より二千年前の崇神天皇六年の創建と伝えられ、 穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)として、名神大社に列せられている。  
別の説では、垂仁天皇二年、倭姫命が、天皇の御膳の守護神として、祀ったとも、 景行天皇が八千矛神(大国主神)を兵主大神として、祀ったとも、いわれる。
祭神の兵主神は、現在、中社に祀られ、銀を神体とする。
左側の大兵主神社は、穴師大兵主神社として、延喜式神名帳に式内小社となっている。
創建の時期は不詳で、神体は剣である。
これらの三つの神社は、応仁の乱の室町時代に、合祀されたといわれる。
現・兵主神社は。穴師大兵主神社のあった場所に建っている。      」

神社から引き返す途中に三叉路があり、左側の道に入るとすぐの右側に、小さな社殿がある。
入っていくと、 傍らの看板に、「 国技発祥の地  天覧角力開祖  相撲神社 」 とある

「  今を去る二千年前、垂仁天皇七年に、 大兵主神社の境内の かたやけし に於いて、  野見宿禰(のみのすくね)と、 当麻蹴速(けはや) による、 天覧相撲が行われたのがこの神社の場所である。 
日本書紀には、「 蹴速を打ち負かした後、 蹴速の当地が与えられ、  この地にとどまり、  大和王朝に仕えた。 」 

以上で、神社の参拝は終わった。

   
兵主神社 鳥居
   兵主神社社殿    相撲神社
兵主神社 鳥居と標柱
兵主神社社殿
相撲神社

訪問日    平成二十二年(2010)三月二十二日


所在地 奈良県桜井市大字穴師493
     JR桜井線巻向駅より徒歩25〜30分



名所訪問 目次