名所訪問

「 斑鳩の里 法隆寺 」

かうんたぁ。


法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある、聖徳宗の大本山で、山号はなく、 本尊は釈迦如来である。
七世紀の推古十五年(607) に斑鳩寺とし創建されたが、 後に、法隆寺となった。
金堂・五重塔を中心の西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分かれる。
法隆寺建物群は、法起寺と共に、世界遺産に登録されている。   


法隆寺の南大門前から、見学を始める。

「  法隆寺の玄関にあたる南大門は、入母屋造りの一重門で、 室町時代の永享十年(1438)に、当時の西大門を移築してもので、国宝に指定されている。   」

門をくぐると、左右に土壁の塀が続き、左側の唐門の先には、西園院や寺務所がある。 
少し歩くと西院伽藍地区で、左右に池があり、正面の石段の先に、中門と廻廊に囲まれた先に、 五重塔が頭を出している。 
中門を中心に、東西にのびた廻廊の連子窓と、金剛力士塑像は、対照的な組み合わせである。

「  中門は、入母屋造の二重門で、正面は四間二戸、側面は三間。  真中に柱があるのは珍しい。
門の重厚な扉の左右に鎮座する金剛力士塑像は、奈良時代の和銅四年(711)の作で、 日本最古である。
廻廊は、金堂などとほぼ同時期に建てられたもので、 廊下であると同時に聖域を区切る障壁でもある。
中門と回廊は、国宝に指定されている。  」

中門と廻廊は飛鳥時代のもので、深く覆いかぶさった軒、 その下にある組物や勾欄(こうらん)、 それを支えるエンタシスの柱は、 飛鳥建築の粋を集めたもので、それが残っていることに感嘆した。

 法隆寺 南大門
   中 門    金剛力士像
法隆寺 南大門
中 門
金剛力士像

中門は、現在、出入口としては使用されず、参観者は廻廊の西南隅から入る。
入ると、目に飛び込んでくるのが、五重塔と金堂である。

「 五重塔は、飛鳥時代に建立された日本最古の五重塔で、高さは31.5mある。 
天智九年(670)の大火後、和銅元年(708)の再建で、国宝に指定されている。
金堂も、天智天皇九年(670)の大火後の和銅元年(708)再建で、国宝に指定されている。
金堂には、推古三十一年(623)に、聖徳太子の為に造られた金銅釈迦三尊像、 推古十五年(607) 父の用明天皇の為に造られた本尊の金銅薬師如来座像、そして、 母の穴穂部間人皇后のために造られた金銅阿弥陀如来座像と、 それを 守護するように、白鳳時代の四天王像が、邪鬼を背に立っているのが見えた。  」

五重塔と金堂の奥に、大講堂がある。

「 大講堂は、仏教の学問を研鑽、法要を行うために建てられたもので、 桁行九間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺である。
手前の鐘楼と共に、延長三年(925)に落雷に遭い焼失したが、正暦元年(990)に再建されたもので、 。国宝に指定されている。
本尊の薬師如来三尊像(平安時代・国宝)、及び、四天王像(重要文化財)も、 この時に造られた、とあった。   」

金堂・五重塔・中門・廻廊は、聖徳太子在世のものではないが、 七世紀後半期の再建ではあるが、世界最古の木造建造物群である。
鐘楼は平安時代だが、吊られている鐘は、白鳳時代のものである。 
大講堂手前左側の経堂は、奈良時代のもので、 天文や地理を日本に伝えた百済の学者・観勒僧正座像(平安時代)を安置している。 

 五重塔
   金 堂    大講堂
五重塔
金 堂
大講堂

西院伽藍を出て、西側(左手)に移動すると、弁天池の奥に、国宝の西室 三経院がある。 

「 三経院と西室は接続して建っている。
鎌倉時代の建立で、阿弥陀如来座像(重要文化財)、 持国天・多聞天立像(重要文化財)を安置する。 」

その奥の小高い丘に、八角造りの西円堂がある。 

「 奈良時代に、橘夫人の発願によって、行基菩薩が建立したと伝えられるが、 現在の建物は鎌倉時代の再建されたものである。
堂内に座す、本尊の薬師如来坐像(国宝)は、奈良時代の乾漆像。  本尊台座周囲に、十二神将立像(重要文化財) 、千手観音立像(重要文化財) を安置する。 」

寺のパンフレット「法隆寺の創建について」
、 「 本尊薬師如来の光背銘や、法隆寺伽藍縁起井流記資材帳の縁起文から、  法隆寺は用明天皇が自らのご病気の平癒を祈り、寺院と仏像を造ることを誓願されたが、 その実現を見ぬまま崩御された。 推古天皇と聖徳太子が、 用明天皇のご遺願を継いて、推古十五年(607)に、本尊の薬師如来と寺を造ったのが、 法隆寺(斑鳩寺とも呼ぶ)である。
明治時代までは、西院伽藍の金堂や五重塔等は創建当時のものと伝えられてきたが、 現在では、天智九年(670)の大火後、和銅元年(708)の再建ものというのがほぼ確定している。 」

東に向って進むと、鏡池があり、正岡子規の句碑が建っている。

「 句碑には、「法隆寺の茶屋に憩いて」の前書があり、 
「 柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺 」 という句が刻まれている。
法隆寺に立ち寄った後、茶屋で一服し、柿を食べると、法隆寺の鐘が鳴り、 その響きに秋を感じた。 というのが、句意である。    」

 三経院
   西円堂    鏡池と正岡子規の句碑
三経院
西円堂
鏡池と正岡子規の句碑

鏡池の道の反対に、国宝の聖霊院・東室 がある。

「 聖霊院は、西院伽藍の東側にあるお堂で、鎌倉時代の建立である。
この建物は東室の一部であったが、保安二年(1121)に、これを再建する際、 南半分を改造して、聖霊院として、聖徳太子像を祀った。
現在の建物は、改安七年(1284)に改築されたものである。
聖徳太子と眷族像(平安時代・国宝)、如意輪観音半跏像(重要文化財)、地蔵菩薩立像(重要文化財)を安置している。
東室は、僧侶の住宅で、聖霊院の北側に、接続して建っている。  」

その右手に綱封蔵(こうふうぞう。国宝)、妻室(つまむろ)がある。

「 綱封蔵は、奈良時代から平安時代に建てられた倉庫である。
その奥にある妻室は、平安時代の建立で、細長い建物である。  」

その北にある食堂も国宝に指定されている。 
その先にある建物が平成十年に完成した大宝蔵院で、北蔵、中蔵、南蔵がある。

「 平安時代に造られた宝物庫の綱封蔵のような役目をなす収納庫で、 白鳳時代の夢違観音像、飛鳥時代の推古天皇御持の仏殿といわれる玉虫厨子、 白鳳時代の橘夫人厨子などが収納されている。 」

法隆寺に伝わる飛鳥時代の百済観音像は、 我国の仏教美術を代表する仏像として、世界的に有名である。
それが祀られているのが、百済観音堂である。
御参りを済ませ、 参道に出ると、東大門が建っている。

「 東大門は、三棟造りという珍しいもので、 奈良時代を代表する建造物として国宝に指定されている。  」

ここまでが西院伽藍地区である。

 聖霊院  (右) 綱封蔵
   大宝蔵院    百済観音堂
(左) 聖霊院 (右) 綱封蔵
大宝蔵院
百済観音堂

東大門をくぐると、東院伽藍地区である。

「  推古天皇が、推古天皇元年(593)に即位すると、 天皇の甥である厩戸皇子は、皇太子となり、 摂政として、蘇我馬子と共に天皇を補佐した。 
同九年(601)に、斑鳩宮を造営し、同十三年(605)に斑鳩宮に移り住んだといわれる。
聖徳太子の死後、太子の王子の山背大兄王一族が住んでいたが、 皇極天皇二年(643)に、蘇我入鹿軍により、斑鳩宮は焼き払われ、 一族は、法隆寺で自決に追い込まれて、聖徳太子の一族は滅亡した。 
東院伽藍は、聖徳太子一族の住居であった、斑鳩宮の跡に建立された。
「法隆寺東院縁起」 によると、天平十一年(739)、斑鳩宮の荒廃を見て嘆いた、 行信(ぎょうしん)僧都 という高僧が、建てたのが、上宮王院(じょうぐうおういん)である。
現在の東院伽藍である。 」

参道の右側には、重文の律学院、宗源寺、福園院、福生院と、子寺が続いている。 
宗源寺の入口の四脚門は国の重要文化財に指定されている。
参道を進むと、四脚門(重要文化財)が建っている。
鎌倉時代の建立である。

四脚門をくぐると、直ぐに廻廊があり、その中にあるのが八角円堂として、 我が国最古の建物、夢殿である。

「  最初は仏殿と呼ばれたが、平安時代の頃から夢殿に変わっていったようで、 中央の厨子には、秘仏の国宝・救世観音観音像(飛鳥時代) を安置し、 周囲には聖観音菩薩像(平安時代)、 聖徳太子の孝養像(鎌倉時代)、 乾漆の行信僧都像(奈良時代) などが安置されている。 」

 宗源寺
   東院四脚門    夢 殿
宗源寺
東院 四脚門
夢 殿

夢殿の当初の名は、聖徳太子家から名付けた、上宮王院であった。
平安時代に、法隆寺と合併された頃、夢殿の名が付いた、と伝えられる。
廻廊には、南部に礼堂(重要文化財)、北部に舎利殿(重要文化財)と、 絵殿、(重要文化財)がある。<
絵殿、は、鎌倉時代の建立で、現在、江戸時代に描かれた、聖徳太子絵伝が飾られている。 」

夢殿の前に、大きなしだれ桜の木がある。
春になると、見事な花がみられるとのことでした。
外に出て、夢殿の左奥に進むと、鐘楼と、その右手に白い建物が見える。
この建物が夢殿廻廊の北部にある、舎利殿・絵殿に繋がる建物。伝法堂である。

「 鐘楼は、鎌倉時代のもので、国宝に指定されている。
「袴腰」 と呼ばれる形式の建物で、 内部には、「中宮寺」 と陰刻された、奈良時代の 梵鐘が吊されている。  」

「 伝法堂は、桁行七間、梁間四間、切妻造、本瓦葺き、内部は床を張り、 天井は張らない、 化粧屋根裏になっていて、国宝に指定されている。   奈良時代に建立された聖武天皇の夫人・橘古那可智の住宅を仏堂に改造したと伝えられるもので、 奈良時代の住宅遺構として貴重なものである。   堂内には、三組の乾漆阿弥陀三尊像などが安置されている。 」

その先で表門と塀で囲われているのは、本堂と太子殿と北書院であるが、 中を見ることはできない。 
以上で、法隆寺の見学は終わる。

 鐘楼 (右側)伝法堂
   廻廊としだれ桜    夢 殿
夢 殿
廻廊 と しだれ桜
鐘楼 (中央白い建物) 伝法堂(左)廻廊

訪問日    平成十九年(2007)一月九日


所在地  奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
      JR法隆寺より、徒歩20分
      JR法隆寺駅より、バス「法隆寺門前」行きに乗り、法隆寺門前バス停下車
      JR天王寺駅より、バス「春日大社 奈良」行きに乗り、法隆寺前バス停下車
      近鉄奈良駅より、「JR王寺」・「法隆寺」行きに乗り、法隆寺前バス停下車



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