榊原温泉の歴史
「 三重県津市榊原町にある榊原温泉は、お伊勢さんの「湯ごりの地」 として、
栄えた、古い歴史を持つ温泉地である。
この一帯は、榊原断層で、千五百年〜二千年前に地殻変動によって、
その合間から被圧地下水が流出し、冷泉を湧き出させた。
平城京の時代には、現在の国道165号は伊勢街道として、
都と伊勢神宮を結ぶルートになっていて、伊勢神宮に仕える斎王が通る道になった。
継体天皇の皇女・ササゲヒメが斎王になったとき、この地の榊を伊勢神宮に献上したことから、
榊が原と呼ばれるようになったといわれる。
平安時代の作家・清少納言が書いた「枕草紙」 に、 「湯は七栗の湯、有馬の湯、玉造の湯」
とあり、この七栗の湯は榊原温泉を指すというのが定説である。
江戸時代に入ると、この地が伊勢神宮の入口にあたり、七栗の湯は
伊勢神宮参拝者の垢離場となり、参拝者は参拝前に斉戒休浴することがしきたりとなり、
湯治場は大変な賑わいを見せた。 」
京都で開催された会合で、「 明日、榊原温泉に宿泊すると告げると、
「 榊原温泉には旅館が二〜三軒しかないよ!! 」 と言われた。
江戸時代に、伊勢参りで賑わっていた、とあったので、「 ほんとうかな?」 と思った。
榊原温泉には、京都から近鉄特急で、大和八木駅へ行き、大阪線の特急に乗り換える。
途中は国道百六十五号とほぼ平行して進み、伊賀の山中を進み、青山高原に至る。
榊原温泉口駅で下車した。
無人駅で、駅前には何もなく、タクシーもいない。
駅前には、周辺の地図が掲示されていて、榊原温泉は駅の北北東5km程に位置し、
中垣内の地名の地に、榊原出張所・榊原温泉郵便局・榊原駐在所・榊原小学校という公共施設が
道路に面して建っていて、その北側に榊原温泉 神湯冠と 湯元 榊原館 の標示があった。
旅館に到着時間を知らせてあったので、r迎えにきていた車で、旅館に向う。
車は北に向かい、土板橋を渡ると、右折して進む。
その先に「湯元榊原館前」のバス停があり、道の反対には小学校がある。
その先の三叉路に、「 恋の湯治場 榊原温泉郷」 と書かれた看板がある。
「恋の湯治場 榊原温泉郷」 と書かれた看板の隣には、白壁と黒色の板で囲われた蔵が建っている。
看板の下に、「 榊原温泉 花鳥風月の道
鳥の道」 と書かれた、小さな横長の看板がある。
「 平安の昔、清少納言は、花鳥風月など、あらゆる事柄を観察した随筆「枕草子」
を記し、榊原温泉も、「湯は七栗の湯(当時の呼び名) 有馬の湯 玉造の湯」 と、謡われています。
清少納言ゆかりの榊原温泉 その豊かな自然と温泉をめでていただきたいと、
散歩道「榊原温泉 花鳥風月の道 」 を誕生させました。
鳥の道
枕草子弟48段
「 鳥は こと所の物なれど、鸚鵡はいとあわれなり 」
などと、多数の鳥の姿・鳴き声を評しています。
片道 約20分 現在地 → 川八 → 清少納言 → 榊原館 → 川掛橋 → 金毘羅山登山道
山頂からは温泉郷や伊勢湾がのぞめます。 」
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看板のある三叉路を左折すると、左側に「川八」の看板がある建物があったが、
駐車場にはロープで絞められて、建物内にも人影はなく、廃業になっていた。
廃業の理由はわからないが、コロナが永享しているように思われた。
その先、突き当たりの右奥にあるのが旅館「清少納言」である。
小生が予約した旅館である。
4階建てで、部屋数が20〜30位のこじんまりした旅館で、
建物や施設は老朽化しているように思える。
枕草子を著した清少納言を名乗っていることをみると、
その歴史は古いのだろうか?
館内に入ると、清少納言の大きなパネルが目を引き、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。
ロビーやラウンジには、芥川龍之介の初番版本や美術品が展示されていた。
また、浴場に向う廊下には、安藤広重の東海道五十三次の浮世絵が展示されていた。
大浴場は地下一階にあり、一階から階段で降りるが、急な階段で年寄りには少し危険に思われた。
ここの浴槽は露天風呂はなく、タイル張りの長方形の風呂で、一度に十人以上が入れるものである。
その他は小さな丸い形水風呂とシャワーと、十名位のガランがあるだけである。
まさに、昭和時代の団体客向け施設の典型であった。
湯は無色透明の湯であるが、なぜかトロトロした不思議な感覚の風呂で、
ぬるめなので長湯ができ、温泉そのものはよかった。
旅館の予約に、素泊まりと夕食付きの2種類だったようで、宿についてから朝食の追加をした。
一緒に迎えのバスに乗っていた女性は食堂に現れなかったので、宿泊のみの予約だったのだろう。
夕食は料理の数と量は十分。 料理もおいしかったので、宿泊してよかった、と思った。
イ月前、奥日光で泊まったホテルは、女性むきなのか、会席料理で器と味はよかったが、
どの料理も少量で、食べた気がしなかった。
ここ清少納言は、会席料理付きの日帰り温泉プランに力を入れているようで、
旬の食材の持ち味を生かした三重の食を提供しているようである。
さらに、0泊2食付きプランがあり、昼食は部屋、夕食は食堂で食べられる。
日帰り入浴の最終受付が20時とあったので、
榊原温泉は宿泊客が少ないため、日帰り温泉に力を入れているのか、と思った。
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旅館「清少納言」 の左手には、バス停の名になっていた、湯元 榊原館がある。
中央部は七階に塔屋付きで、左右に伸びる建物は三階〜四階と、大規模な施設である。
入口の「湯元 榊原館」の看板がある、右手にある四階建ての建物が古そうで、
屋上に展望風呂と「榊原館」と書かれた外壁の塔屋がある。
その奥、中央の七階建ての建物はその後に建てられたもので、建て方が違っていた。
「 湯元 榊原館は、百年以上の歴史を誇る老舗で、
館内と敷地内に自家源泉を持つ。
豊富な湯量が特徴で、シャワーもガランからも源泉が出る。
また、毎日湯船の湯は新しい湯で補充されというからおどろく。
本館にはまろみの湯と露天風呂があり、男湯と女湯は日ごとに代わり、
姿と形が変わる浴槽を楽しむことができる。
源泉の温度は31℃前後なので加熱して給湯しているが、源泉かけ流しの低温風呂もある。」
榊原館へ入る手前右側に「日帰り温泉 湯の庄」と書かれた赤いのれんがあり、 平屋の建物がある。
「 この施設は、榊原館が経営するもので、室内大浴場「まろみの湯」と
露天風呂がある。
三つの貸切風呂もあり、一グループ三千円追加で、本館にある展望貸切風呂を利用できる。
昼食のランチはここで、夕食付きは本館で食べることができる。
営業時間は9時〜20時まで、貸切風呂は17時までである。
9時過ぎに前を通ると、平日なのに駐車場へぞくぞくと車が入ってきたので、
人気があるのだろうと思った。 」
榊原温泉に何軒の旅館があるかは、確認できなかったが、
上記の他に、神湯館は確認できたが、その他は不明であった。
榊原温泉は、山の中の保養地の温泉という感じで、歓楽的な要素がないこと。
江戸時代から明治中期までは、湯治場として百部屋あったとされ、賑わっていたが、
関西本線と近鉄の開通、そして、伊勢参りの前に、沐浴する習慣がなくなったこと、
そして、自噴する井戸がか涸れ、ポンプでくみ上げていることが今日の姿を表しているように思えた。
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旅をした日 令和五年年(2025)一月十三日〜十四日