名所訪問

「 昆 陽 寺  」

かうんたぁ。


昆陽寺は、兵庫県伊丹市寺本にある、高野山真言宗の寺院である。 
行基が創立した畿内四十九院の一つで、 地元では「こやでら」や「行基さん」 と呼ばれ、親しまれている。
西国街道(現・国道171号)沿いに位置し、本尊は薬師如来。


国道171号の寺本4丁目交叉点を南西に進むと右側に、 昆陽寺の山門があり、 右側に 「 本尊薬師如来 」 、 「 重要有形文化財昆陽寺 」 の石柱と、山門の説明板が建っている。

説明板「県指定文化財 昆陽寺山門」
「 昆陽寺は、天平5年(733)、僧行基の開創と伝えられている。  その後、 天正7年(1579)  織田信長の兵火にかかって、 一山の堂塔を焼失したという。 山門は、旧西国街道に面して建っている。  上層周囲に縁をめぐらし、細部にみる絵様繰形の形式手法は江戸中期のものである。  内部戸口柱を通柱として、上層柱をも兼ねる構法は珍しく、 斗拱部 (ときょうぶ) 中備え間斗上 の 双斗肘木 と、 妻飾虹梁下 の 大斗花肘木 の意匠は前代のそれをよく残している。  江戸時代中期における豪壮な山門は、県下でも類例がなく、貴重な構造である。 
  平成4年11月            兵庫県教育委員会  」

山門前の大きな常夜燈には、「嘉永五壬子年十一月」 とあり、 嘉永五年(1852)に建てられたもので、 「 行基古跡西の宮通りぬけ道あり 」 と刻まれている。

「  天平三年(731)、僧 ・ 行基は、 昆陽池を造成するのと平行して、 傍らに、貧民救済を目的とした 昆陽施院 (布施屋) を創建した。   天平五年(733)、 弟45代 ・ 聖武天皇の勅願寺となって、 伽藍が整備され、 36坊を持ち、発展した。  天正七年(1579) 、の 荒木村重と織田信長の有岡城の戦に巻き込まれ 焼失したが、 その後、再興され、 江戸時代には九つの塔頭を有していた。  平成七年(1995) の 阪神淡路大震災により、 本堂の他、 倒壊などの被害を受けたが、 それぞれ再建された。 」

堂々とした山門をくぐると、 広い敷地の中にある、観音堂は、 寛永年間の建立で、 県指定文化財になっている。

「  観音堂は、 寛永年間(1624〜1645)に建立された 寄棟造向拝付本瓦葺の建物で、 十一面観音を祀る。
平成七年の阪神淡路大震災で被災し、 解体修理を実施されている。 」

昆陽寺 山門
   常夜燈    昆陽寺 観音堂
昆陽寺 山門
常夜燈
観音堂

訪問日    平成二十二年(2010)九月十九日


所在地 兵庫県伊丹市寺本二丁目169
阪急伊丹駅より、バスで20分      



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