石手寺は、四国八十八ヶ所霊場の第五十一番札所である。
遍路の元祖とされる、衛門三郎のゆかりの寺として有名である。
鎌倉時代の1318年に建立された山門・仁王門は国宝に指定されている。
本堂・三重塔・鐘楼などは、国の重要文化財に指定されている。
松山駅前から、路面電車に乗り、道後温泉駅で下車する。
十五分歩くと、石手寺を囲む塀が見えてくる。
「 石手寺は、神亀五年(728)創建とされる歴史のある寺院で、
弘仁四年(813)、弘法大師が訪れ、真言宗になったとある。
藩主・河野息利の長男・息方が参詣した時、祈祷を受けた手から、
「衛門三郎再生」と書かれた石が現れたことから、石手寺に名称を変えたと、
伝えられる。
河野氏の庇護の元、平安時代から室町時代まで栄え、七堂伽藍六十六坊を数える、
大寺院であった。
長宗我部元親の兵火を受け、建物の大部分が失われた。 」
仁王門は、河野通継が、天保二年(1318)に建立したもので、
三間一戸楼門。入母屋造り・本瓦葺である。
国宝に指定されている。
安置されている、金剛力士像は、運慶派の仏師によるもので、
仁治元年(1240)年に造られたものである。 国の重要文化財い指定されている。
本堂は、寛平三年(891)に建てられ、永久二年(1114)に再建されたものである。
桁行五間、 梁間五間、 入母屋造、 本瓦葺で、
日本寺院形式と中国の建築様式が混じり合った、豪快ですっきりとしているのが特徴である。
国の重要文化財に指定されている。
本堂に祀られているのは、薬師如来坐像である。
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三重塔は、神亀五年(728)に建てられ、鎌倉時代の延久五年(1073)に再建された。
高さは、約二十四メートルで、一番下の層の正面に、釈迦三尊像を安置し、
その奥に、曼荼羅が描かれている。 国の重要文化財に指定されている。
大師堂は、弘法大師空海を祀るお堂で、夏目漱石や正岡子規の落書きがあったことから、
落書き堂とも呼ばれている。
明治十七年(1884)の建築である。
三重塔の北斜面の樹木の中に、、祭芭蕉塚 (花入れ塚) がある。
説明板「祭芭蕉塚 (花入れ塚)
宇知与利氏波奈以礼左久戻牟女津波几 (打ち寄りて花入れ採れ梅椿) 松尾芭蕉(はせを)
「 松山藩主・松平定直の藩医・青地彫堂は、芭蕉・基角等を迎えて、連句の会を催した
とき、席上に梅・椿をいけているのを見て、芭蕉の詠んだ発句である。
「 花器にいけた梅椿に春の訪れをさぐろう」 という意味の句で、
以下、三十六句つづくのである。
これを彫堂は、門人の越智てきひょうに伝え、その孫・青しが、明和七年(1770)
芭蕉没後七十七年目に、石手寺の境内に埋め、 「花入塚」 を建てて、同名の俳書を刊行した。
松山市教育委員会
俳句の里 道後コース 16番 」
その他、詞梨帝母天堂、護摩堂、鐘楼、銅鐘、五輪塔が国の重要文化財に指定されている。
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道後温泉へは、 JR予讃線松山駅から市内電車 「道後温泉行き」 で20分、公園前駅下車、 徒歩すぐ
旅をした日 平成十七年(2005)三月九日