続日本100名城 (186) 金田城(かねだじょう)
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金田城は対馬空港の北西にある旧美津島町黒瀬および美津島町箕形にまたがる城山に築かれた古代山城で、
城跡は昭和五十七年に国の特別史跡に指定された。
「 金田城は白村江の戦いで、唐、新羅連合軍に大敗した後、防衛のため、
天智天皇六年(667)に大和国に高安城、讃岐国に屋嶋城、対馬国に金田城が築かれたことが日本書紀に記されている。
この年、中大兄皇子は大津に遷都し、翌年の正月に天智天皇となっている。 」
金田城は宮都を守る高安城、瀬戸内海の制海権を守る屋嶋城とともに、国土を守る最前線の重要な位置にあった。
金田城は下対馬の北端部の浅茅湾の奥で北に突出し、三方が海に囲まれた標高二百七十二メートルの城山に築かれた城で、
城壁の外周は自然地形の断崖を含めて約二.・八キロ、城内面積は約二十六ヘクタールである。
陸続きは南西側だけで、他は急峻な地形で外周城壁の全てが石塁で、
高さ六メートルを超える石塁もある。
国内で外郭城壁を石塁で構築しているのは金田城と屋嶋城など少数派である。
城門は二の城戸、三の城戸、南門の三か所が開く。
「 一ノ城戸の城門は確認されていないが、張り出した櫓と水門が残存する。
一ノ城戸に加え、二か所の張り出しがあり、南側の張り出しは東南角石塁と呼ばれている。
発掘調査では五棟の掘立柱建物跡、柵列が一列、炉跡、土塁と門礎石などが確認されている。
二の城戸が復元され、一般公開されている。 南門は整備中で、未公開である。 」
登山口から三の城戸まで、徒歩で約30分、
登山口から山頂直下の旧軍施設跡まで徒歩で約50分
途中に弾薬庫などの廃墟になった日露戦争の軍事施設跡があり、
山頂は猫の額程の狭さで、絶壁のため怖いほど。
ここからの湾岸や島々の景色は素晴らしい。
南石垣は崩れているが、石塁であることが分かる。
海に向って突き出すような壁石垣がすごい。
所在地:長崎県対馬市美津島町箕形
対馬空港から城跡の登山口までタクシーで約20分で登城口
厳原港から城跡の登山口まで、車で約30分で登城口
金田城のスタンプは、美津島町公民館(対馬市美津島町鶏知港287−1 0920−54−4044 8時45分〜17時30分)、
観光情報館ふれあい処つしまの観光案内所(対馬市厳原672-1 0920−52−1566 8時45分〜17時30分 ) にて
なお、スタンプ貸出の際、登城したかの確認がある。
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